2026年2月27日金曜日
今日は、人間の複雑さに触れた日だったように思う。
高校の友達の何人かと連絡を取ったのだが、みんなただただ「大学生」ってな感じの暮らしを頭を空っぽにして楽しんでいるわけではなかった。高校時代には何でも卒なくこなしていた印象が強い友達は、新たな進路のためにかなり余裕を持って勉強を地道に積み上げていた。何をやってもイケイケだった友達は、サークル入会の初日で先輩と喧嘩して今は無所属だったのに加え、授業数も非常に少ないのに授業を切りまくって1人で資格の勉強をしていた。今の授業では友人が少なく、来年度からの逆転を狙っていると言っていた。また、SNSではキラキラな友達は、現実が色々と大変なようで、バイトに打ち込み、それ以外は寝ることで大変なことから意識を逃がそうとしていた。みんな、苦労をしていると感じた。自分は苦労を知らなさすぎるかもしれないと思った。
浪人していた同級生の話も、これまた別の友達から聞いた。おかしな趣味にはまっているようだった。ここに書いて、こんな趣味の奴を友人に持つのかこの筆者は、なんて思われることが嫌なくらいにはおかしな趣味をもっていた。浪人している人のSNSをたまに覗くと、彼らの苦悩や恐怖が見えた。特に、2月に入ってからの彼らの焦りや感情の揺らぎを見ると、自分の足元すら崩れるようだった。だが、2次試験が終わった後の静けさは、これはこれで堪えるものである。彼らの、もう足掻いても何も変わらない中での祈りが、痛みを伴って私にも伝わった。自分は大学生になり悩まなさすぎるかもしれないと思った。
大学の友人が恋愛に対して自己開示をした文章を私に見せてくれた。大学で出会った彼の印象とは180°異なる、予備校での彼の姿が書かれていた。今の彼ができるまでに彼が直面してきた出来事を知ると、人生は小さな出来事の積み重なりで大きな変化が導かれていくことを感じた。自分は自身の経験を大切に守れていないと思った。
今日は外出などしたわけではないが、大きな気づきがあったと思う。




