誘惑
長介は肩をさすっていた。蛍光灯の唸るような低い音だけがチカチカと、誰もいない殺風景な自習室に響いている。
「さて、もう夜か。」
試験間近とはいえ、一日十時間以上の勉強に、さすがに体がこたえていた。
一息ついて耳を澄ましていると、いつもの足音が聞こえてくる。見上げるとそこには、佐夜さんの姿があった。
「ねぇ、肩凝ってるの?」
疲労に沈んでいた心臓が、佐夜さんの可愛らしい声に身勝手にも強く脈打つ。長介は動揺を押し隠す。
「そうなんですよ。最近ちょっと忙しくて。」
「じゃあ、私がマッサージしてあげるよ。」
小悪魔的な表情を浮かべる彼女に、長介は一瞬たじろう。彼女は昔からこんな性格だ。しかし、今日はその手に乗らない。ここはあえて冗談めかして返答するとしよう。
「いいんすか?」
「うん。じゃあ、するね?」
長介のささやかな攻撃は、その笑みによってあっけなく撃沈した。
長介はされるがままに、首周りの肉をうねうねと揉まれる。佐夜の指先の熱と圧力が心地よく、疲労していた長介の体はどうにも抗えず、溶けていく。
「私の事は気にせず、勉強してていいからね〜。」
「さすがに申し訳ないです。」
必死の抵抗をしてみるが、佐夜は聞く耳を持たない。
「いいから、集中して?」
少し強い口調に、何かが疼く。これ以上この人に弱い姿を見せる訳にはいかないのに。
ペンを握り直す指先に力が入らない。視界は、目の前の参考書ではなく、背後から伝わる体温と圧力に全て奪われていた。つまらない勝負など、最初からかけるべきではなかったのだ。
「どう、集中できてる?」
「いや……。」
佐夜の指は、肩甲骨のラインを滑り降り、長介の脇腹へと触れる。あまりに誘惑的なマッサージに長介は息を詰め、たまらず腰を逸らすが背中を服越しでもわかる確かな弾力でぐいと押さえつけられた。
誰もいない自習室で乾いた衣類が擦れ合う微かな音が、二人だけの秘密を告げるようにやけに大きく響いた。
「集中できてないね、悪い子。」
佐夜の吐息まじりの甘い声が長介の耳元をくすぐる。
どうやらもう、正しい位置には戻してくれないようだ。




