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《第一章 第8話 風の声を聴く日》

放課後の学園には、春の終わりを告げるような優しい風が吹いていた。

久遠朝臣は屋上に立ち、遠くの街を見下ろしていた。

夕焼けがガラス窓に反射して、まるで世界そのものが溶けていくようだった。


——風が、語りかけてくる。


耳を澄ますと、どこからか懐かしい声が混じっていた。

それは、誰でもない“記憶”の声。

幾千もの想いが、風に乗って交錯していく。

彼はそれを「桜霊の囁き」と呼んでいた。


手の中には、先日掘り出した小箱の鍵。

あの手紙の筆跡を何度も指でなぞり、今もそこに宿る温もりを確かめる。


「……あのとき、約束を果たせなかったけど」

彼は呟くように言った。

「今度こそ、桜の下で会えるようにする」


その言葉に応えるように、校庭の桜がざわめいた。

一枚の花びらが舞い上がり、彼の頬をかすめた瞬間——

視界がゆらめいた。


目を開けると、そこは薄桃色の光に包まれた空間だった。

無音の世界。

風も、音も、時間の流れさえも止まったように静かだった。


そして、そこに立っていた。

彼女が。


白いセーラー服、桜の花びらを髪に纏い、穏やかに微笑む少女。

——幼い頃、桜の根元で約束を交わした少女。


「久遠くん」


その声に、朝臣の心が震えた。

思い出のすべてが一瞬で流れ込み、涙が滲む。


「どうして……今になって……」


「だって、あなたがやっと“風の声”を聴けるようになったから」

少女の声は柔らかく、しかし確かな響きを持っていた。

「桜は、ただ咲くだけじゃない。

 誰かが誰かを想うたびに、風となって届くの」


朝臣は目を閉じた。

胸の奥に温かいものが灯る。

そして気づいた。

この再会もまた、“桜魂”が導いた奇跡なのだと。


目を開けると、少女の姿はすでに淡くなっていた。

だが風は、彼女の声を運び続けている。


——「ありがとう。私の記憶を咲かせてくれて。」


涙が一筋、頬を伝った。

だがその表情は、どこか穏やかだった。

彼の心の中で、桜は再び咲き始めていた。

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