《第一章 第7話 枯れぬ花の約束》
春を告げる風が吹き抜ける校庭の隅で、久遠朝臣はひとり、古びた桜の幹に手を添えていた。
花は散り、枝にはまだ若い芽がわずかに顔を出している。
それでもその姿は、まるで何かを語りかけてくるようだった。
——お前も、あの約束を覚えているのか。
朝臣の心に浮かんだのは、幼い日の面影。
手のひらに重ねた花びら、笑いながら誓った「必ず帰ってくる」という言葉。
しかし、彼はまだそれを果たせていなかった。
校舎の窓から聞こえる吹奏楽部の音。
その音に導かれるように、桜の記憶が甦る。
あの日、ひとりの少女が「花が散っても想いは残る」と言って笑った。
その声が、いまでも耳の奥で鳴っている。
桜の木の根元に埋められた、錆びた小箱。
それを掘り出す手が、震えていた。
中には、手紙が一通。桜色の封筒に「久遠へ」と書かれていた。
彼は深呼吸し、封を切った。
『もしこの手紙を読むとき、あなたがまだ桜を見上げているなら——
私はきっと、あなたの傍にいます。』
風が吹き抜け、花の欠片が空に舞い上がる。
涙とも笑みともつかぬ表情で、朝臣は空を見上げた。
桜は、確かにそこに咲いていた。
その瞬間、彼は悟った。
「桜を継ぐ」とは、血や力ではなく、想いを繋ぐこと。
誰かの願いを、自分の中で生かし続けることなのだと。
校庭に差す夕陽が、彼の影を長く伸ばす。
その影の先に、淡い幻のような少女の姿が見えた。
「……やっと、会えたな。」
その声に、風が答えるように吹き抜けた。
桜の香りの中で、過去と現在が静かに重なっていった。




