《第三章 第1話 桜暁の刻(さくらあかつきのとき)》
夜が明ける少し前。
桐生ひよりは、学園の裏にある「桜の丘」へと向かっていた。
風はまだ冷たく、空の端には淡い群青が滲んでいる。
丘の上には、無数の花びらが地面を覆っていた。
昨日、彼女が夢で見た場所と、まったく同じだった。
——そこに、ひとりの少年が立っていた。
「……誰?」
振り返ったその瞳は、どこかで見たことのある優しい光を宿していた。
声を出すより先に、ひよりの心が震えた。
「……あなた、もしかして……」
少年は小さく微笑んだ。
「初めまして。でも、本当は“久しぶり”なんだろうね。」
その言葉で、ひよりの中に走った感覚。
夢の中で見た“原初の桜魂”の面影が、目の前の少年の姿に重なっていく。
「君の名前は?」
「久遠 朝臣。」
——久遠。
再びその名を耳にした瞬間、ひよりの胸が熱くなる。
「君が……原初の……」
「いいや、僕は“再臨した魂”だ。
あの夢で君が見たのは、僕の“記憶”。
でも、僕は君と同じ現代に生きてる。今度は同じ時代で。」
淡く光る花びらが、朝臣の肩に舞い落ちる。
その光景は、まるで桜そのものが彼を選んだようだった。
「この場所に呼ばれたんだ。
“再び咲くために”。
そして、君に会うために。」
ひよりは言葉を失った。
胸の奥に宿る“朋広の記憶”が静かに疼く。
——彼の面影も、そこにあった。
朝臣の声が重なる。
「ひより。君はまだ迷ってるね。
“桜魂”の記憶を受け継ぎながら、どこまで自分を保てるか。
でも、それを乗り越えた時——本当の継承が始まる。」
ひよりは小さく息を吸い、頷いた。
「……私、もう逃げない。
この記憶も痛みも、全部受け止める。」
朝臣は微笑んで手を差し出す。
「それでいい。
君が選ぶ“光”の形を、僕は見届けよう。」
——空が赤く染まる。
夜明けの光が二人を包み、桜の丘が黄金色に輝いた。
その瞬間、遠くの空に風が走る。
まるで、過去と未来の魂たちが呼応するように。
桐生ひよりの胸に、ひとつの言葉が浮かんだ。
『桜暁』
それは、“新しい朝”の名。
桜魂の時代が、再び動き出す合図だった。




