《第二章 第3話 桜の記憶、時を越えて》
夜。
窓の外では、街の灯がゆらめいていた。
桐生ひよりは机の上に置いた護符を見つめながら、ゆっくりと息をついた。
あの青年——久遠朝臣。
彼が言った「彼こそ、最後の鍵」という言葉が、頭から離れない。
護符の表面には、見慣れない文様が浮かび上がっていた。
淡い桜の花弁が組み合わさったような、螺旋の印。
それは、古い時代に桜魂が使った封印の紋章だ。
「……この紋、夢の中でも見た……」
思い出す。
“昨日の君を愛した僕へ”の記憶。
あのとき、彼——“原初”が見せた景色。
桜の下で交わした永遠の約束。
——「必ず、また巡り逢おう」
まるで時空の裂け目を越えて届くように、声が響いた。
護符から淡い光がこぼれ、部屋の空気が震える。
ひよりは思わず立ち上がり、手を伸ばした。
その瞬間、視界が白く染まる。
気がつくと、そこは異なる時代の夜桜の下。
桜魂たちの声が、微かに重なり合う。
八代目・朋広、六代目・葵、三代目・紅葉——そして、久遠朝臣。
彼らの姿は淡い光の粒となり、空に溶けていく。
『桐生ひより。
我らが魂の継承を、次代へ。
“終焉”とは、すなわち“再生”の始まり——』
涙が頬を伝った。
理由はわからない。ただ、心が震えていた。
「私が……受け継ぐ。全部、受け止める。」
その瞬間、護符が粉々に砕け、光がひよりの胸へ吸い込まれる。
桜の花弁が渦を巻き、天へと昇った。
——時が再び動き出す。
気づけば、教室の机の上。
ノートには無意識に描かれた桜の紋。
そしてその下に、一行の文字が浮かんでいた。
『原初、再臨。』
ひよりは息をのんだ。
その言葉が示す意味——
“原初”が、再びこの時代に顕現しようとしている。
桜魂の系譜は終わっていなかった。
それどころか、今まさに——新たな章が始まろうとしていた。




