《序章 桜の鎮魂》
春の風は、まるで祈りのように静かだった。
八代目・桜魂――名を、月城 梓という青年は、ひとりでその古桜の前に立っていた。
夜気の底、満月の光が枝々を銀色に染め、散りかけた花弁が地を覆っている。
その根元には、かつて無数の魂が眠り、記憶が重なり、そして消えていった。
彼は手を伸ばした。
掌に触れる花びらが、微かに光を帯びる。
——桜の魂が、彼を呼んでいた。
耳の奥に、遠い声が響く。
“私の記憶は、まだここにある”
“誰かが、また受け継いでくれるなら——”
風が吹くたび、声は幾重にも重なっていく。
初代の声、二代目の声、名も知らぬ時代の声。
そのすべてが、梓の胸へと流れ込んでくる。
「これが……桜魂の残響か」
梓は膝をつき、額を地につけた。
祈るように、鎮魂の言葉を口にする。
「あなたたちの願い、確かに受け取った。
次は、僕の時代で咲かせる」
光が桜の根元から立ち昇った。
まるで記憶の欠片が花弁となって、天へ還っていくように。
その中で、ひとつの声が鮮明に響いた。
“あずさ……あなたは、私たちの『終わり』ではなく、『再生』”
彼の瞳に、一瞬だけ無数の桜が映り込んだ。
過去と未来が交わるその刹那、
梓は確かに、全ての「桜魂」を感じ取った。
そして静かに呟く。
「これが……僕に託された、最後の鎮魂なんだね。」
風が止まり、夜は深まっていく。
月の光が彼の肩を照らし、花弁がその身に積もる。
やがてその姿も、桜の影に溶けていった。
(本文後半)
夜明け。
学園跡地の丘の上、一本の若い桜が芽吹いていた。
まだ花も開かない幼い枝先に、微かに音が宿っている。
それは風が鳴らすわけでも、鳥の声でもない。
“トクン”——心臓のような鼓動。
それは新たな桜魂の誕生を告げる響きだった。
月城梓の姿は、もうどこにもなかった。
けれど、その記憶は確かにそこにあった。
やがて桜が満開になる頃、その記憶は誰かの夢へと流れ、
またひとりの“継承者”を呼び覚ますだろう。
——桜魂の記憶は、決して死なない。
ただ、形を変えて咲き続けるだけ。
それが、八代目の祈りであり、彼の残響であった。
こうして——新たな桜魂の輪廻が、また始まる。




