めちゃ条件の良い物件に住むことになりました
ーー銀の光をまとったような少年だった。
長く結われた髪は雪のように白く、瞳は淡い翡翠色。
その姿は、まるでお伽話の“精霊”のようだった。
「アルスだ!」
「また門限破った!」
「カルマさんに怒られるぞー!」
子どもたちの声が一斉に上がる。
アルスと呼ばれた少年は無表情のままドアを閉め、肩にかけていた布袋をおろした。
駆け寄る子どもたちの頭を、順番にやさしく撫でていく。
おろした袋の中からは、香草の束と小さな果物、そして金古鳥の羽が覗いていた。
「どこ行ってたの?」
「街の薬師が風邪をひいてたから、手伝ってた」
淡々とした声。
「遅れた理由、それだけ?」
エレナが腰に手を当てる。
「……あと、犬を探したのと、木苺の採集の手伝いと、金古鳥がいたから捕まえてた」
「まったくもう。……カルマさんが帰ってくる前に急いで着替えてきて――」
「誰が“帰ってない”んですか?」
誰もいなかったはずのエレナの背後にカルマさんが立っていた。
その声には叱責よりも、どこか温もりがあった。
「また遅れたんですか、アルス……。
夕食までには戻るようにと、何度言ったら......」
「……ごめんなさい」
無表情なのに子犬みたいにしゅんとしているアルスを見て、周りからくすくすと笑いがこぼれている。
その光景を、ただ黙って見ていた。
アルスが席につくと、エレナがため息をつきながら皿を差し出した。
「冷めてるけど、食べる?」
「食べる」
それだけ言って、アルスは空いた席に腰を下ろした。
その席は、偶然にも俺の正面だった。
視線が合った。
子供のように見開かれた翡翠の瞳が、まっすぐに射抜くようにこちらを見る。
「……新しい子?」
背筋を伸ばしてうなずいた。
「ルーカスです」
「アルス。半年前からここにいる」
透明な声で淡々と喋る。
「困ったことがあったら、ユリオよりも先に俺に言え。あいつは少し口が軽い」
「おい!」とユリオが抗議し、周りが笑いに包まれた。
アルスはわずかに唇の端を上げた。
「おかえり、アルス。あの薬草頂戴」
喧騒のなか、ミラが静かに話しかけていた。
「ただいま。ああ、元々ミラにと思って貰ったやつだ」
「やった。何の草?」
「確か、星夜草だと思う」
アルスが静かに答えると、ミラの瞳がきらりと光った。
「星夜草……!夜空の光を宿したような薬草で、崖に生え採取しづらい。また、葉の先端に小さな銀色の斑点があり、空気の冷たい夜に採ると、成分が最も濃くなると言われている‼︎なかなかお目にかかれない代物!!」
「そうなのか。確かに崖に生えてたな」
「アルス、ありがとう!」
ずっと眠そうな顔をしていたミラが目を輝かせて涎を垂らしながらもらった薬草を見つめている。
(変な子だな。自分も側から見たら似たようなものなのだろうか?まぁ、そんなことないか。)
***
「ルーカス、こちらへ」
食器を片付け、テーブルを拭いていたらカルマさんに声をかけられた。
周りの子どもたちがまだわいわいしている中、俺はちょっと緊張しながらカルマさんについていった。
廊下の先で、カルマさんは静かに手招きをしている。
「ここで貴方が暮らすにあたって、いくつか知っておいてほしいことがあります」
「まず、生活について。
今日のように私が用事のある時、食事の準備や掃除、洗濯を候補生の皆さんに手伝って頂いておりますが、
基本的に私が全ての家事並びに育児、訓練を行うことになっております。
なので、食べられないものや気をつけてほしいことがあれば私に言ってくださいね。」
家事に育児に訓練、この人1人で全部やってんのか?!
どうやって...?実はヤバい人なんじゃないかこの人。
「次に規則について。
原則、王都の外への外出は出来ません。
王都内なら8歳以上の子は許可が無くても好きに遊びに行ってもらって大丈夫です。
ただ、夕食前には帰ってくること。」
やっぱり、王都の外には行けないのか...。アンナ...。
頼めばいけるとかじゃないのかな。
「許可を貰えば、王都の外に行けますか?」
「残念ですが、王都外へは許可が出ません。」
「......そうですか、わかりました。」
俺はガックリ肩を落とした。
アンナとは当分会えなさそうだ。
せめて安否でもわかればいいのだが。
アンナァァァァァァ!!
「次は勉強や訓練について。
ここでは魔法の才を持つ者として、日々の鍛錬や学習があります。まだ、この別棟はできて間もないのでほとんどの子たちは習いたての子ばかりです。なので、焦らず貴方のペースで学べばいいですよ。」
胸の奥で少し安心する。
それに奴隷として売られた境遇を考えるとこの環境は他の同じ境遇の人よりもいいだろう。環境に恵まれた。ここで絶対強くなってやる!
「最後に、皆との関わり方について。
ここでは年齢や血筋に関係なく、仲間として接しています。困ったことや不安なことがあれば、ためらわず私や他の子に相談すること」
カルマさんは優しく微笑み、軽く肩に手を置いた。
「わからないことがあればすぐに聞いてくださいね。必要なものがあれば可能な限り用意しますので言ってくださいね。」
「はい……!」
なんだか少しだけ胸が軽くなった気がした。
攫われて、奴隷にされて一時はどうなることやと思ったけれど普通の暮らしーーいや、アンナがいない点だけを除けばスラムにいた頃よりもいい生活をしてる。
アンナをここへ呼ぶことはできないのだろうか...。
「では、最後にもうひとつ。――アルス! こっちに来なさい」
育児というのはカルマの子供では無く、別棟にいる2、3歳の子たちのお世話です。




