研究 その8
次の日、研究助成申請の資料をブラッシュアップし、お父さんの研究資料を読んだ。
沖芝工業の担当者からのメールの返信はなかった。
沖芝工業のホームページから連絡先の電話番号をしらべ電話する。
『お電話ありがとうございます。沖芝工業の川崎でございます』
『私、脳科学研究所の天野 彩音と申します』
『お世話になっております。ご用件をお伺いしてもよろしいでしょうか?』
『研究開発部の岩橋亘様をお願いいたします』
『少々、お待ちください』
すると、保留音の『恋は水色』が流れてきた。音楽は2周したような気がするが、出ない…
『大変お待たせしました。弊社に岩崎亘というものは在籍しておりません』
『退職されたでしょうか?』
『申し訳ありませんが、お答えできません』
退職したかどうかも言えないの?
『では、産業各研究所と共同研究についてわかる方に繋いでいただけないでしょうか?』
『少々、お待ちください』
また、保留音の『恋は水色』が流れてきた。この音楽は聞き飽きた…
『お待たせしました。研究開発部の河井です』と男性の声だ。
『私、脳科学研究所の天野 彩音と申します』
『岩崎亘ですが、在籍しておりません』
『そうですか… 御社は脳科学研究所の天野 義孝教授と共同研究を行なっていたかと思います。その研究についてご存知の方はいらっしゃらないでしょうか?』
『研究開発部は1週間前に閉鎖となり、私が残作業に残っているだけなので詳しいことはわからないのです』
『脳科学研究所と関係がある担当者に繋いでいただけないでしょうか?』
『大変申し訳ありません。私は残作業で残っているだけで誰が関係者はわかりません』
私は少しイラッとして『どなたかわかる方はいないのでしょうか?』と言った。
『こちらで調査し、わかりましたらそちらに連絡いたします。連絡先はこの電話番号でよろしいでしょうか?』
『はい。お願いします』
私は電話を切って、ため息をついた。
気づくと、悠人が近くにいて、紅茶が入った私のマグカップを差し出してくれた。
私が受け取り、一口飲む。
「沖芝工業の担当者はいなかったのか?」
「担当の岩橋さんは在籍していなくて、研究開発部もなくなっているそうよ。だから、まったく手掛かりなし」
「沖芝工業は業績悪化でリストラと不採算部門の整理をしたそうだ。沖芝工業はやばいと噂が流れているらしく、株価は急降下中だ」
悠人は沖芝工業の株価のグラフを見せてくれた。確かに急降下だわ…
「どうして業績悪化したの?」
「不良製品が訴訟に発展するとか、特許侵害とか、いろいろ噂は出ているが、わからん」
「そう… ねぇ悠人。私たちの研究のニューラルネットの過学習の解消なんだけど、成果は出ていいるけど、頭打ちじゃない?」
「そうだな。もう少し飛躍が欲しいな。多次元化するか?」
「ショウジョウバエが複雑な匂いを特定の経験に過学習することなく、環境の変化に適応できる柔軟な振る舞いするという動作から着想を得た方法ね。私たちは過学習が発生しているニューロンの接続を弱める箇所の特定に使える?」
「使えるんじゃないか?」
「じゃ、悠人が考えてよ」
「彩音、少し変だぞ?」
「そう?」
「過学習の解消に興味がなくなったのか?」
「そうじゃないわ。ちょっとお父さんの研究が気になっているだけ」
「天野教授の研究ってどんなものなんだ?」
「NeuraLumeにお父さんの脳データを入れて動かしたみたい。でも上手く動作しなかったみたい。脳データってfMRIじゃない? データが不完全みたいでNeuraLumeに対して認知症の治療を適用しようとしていたようね」
「薬剤なんて使えないだろ?」
「薬剤の代わりに学習の勾配曲線をいじったみたいね」
「そんなことしたら、過学習が起きるんじゃないのか?」
「でしょうね」
「もしかして、過学習の解消が効くと考えているのか?」
「なるほど… だからNeuraLumeの担当者と連絡を取って、天野教授の研究室を引き継ごうと考えたのか?」
「研究室を引き継ごうとは考えていないけど、面白そうじゃない?」
「そうだな。上原兄弟に相談が必要なんじゃないか?」
「そうね」




