研究 その3
「ありがとうございます。お願いします」と葵さんが言ったので、私は我に帰った。
「上野さん、このサーバって無印というかメーカ品じゃないですよね? 自作ですか?」
「お父さんが自作? するわけないでしょ?」
「そうなのか?」
「はい。メーカが持ち込んだものですけど、販売品ではありません」
「そうなのですね」
私は話が長引きそうなので、「ここの父の私物なのですが…」と話を変えた。
「すみません。勝手にまとめてしまいました。ここのパスワードなどの情報がないか調べていたので…」
「問題ないです」
「このダンボールにまとめています」
ダンボールは一つだけで、中は私の写真とマグカップといくつかのファイルだけだった。
それを持ち上げようとすると、悠人が持ち上げてくれた。
「持つよ」
「ありがとう。では、葵さん何か見つかったらお知らせします」
「よろしくお願いします」
私と悠人は研究室を出た。
「彩音、あまり寝れていないだろ?」
「そう?」
「帰るなら、今から送るよ」
うーん。と考えていると急に手を引っ張られた。
「すみません」と悠人が台車を押している人に謝った。
私も「ごめんなさい」と言った。
悠人は私の手を握ったまま、研究室の部屋の前を通り過ぎて外に出た。
「悠人?」
「帰って寝ろ」
「大丈夫よ。さっきは考え事をしていただけよ」
悠人は私の文句を無視して悠人の車の前まで来て、ようやく手を離してくれた。
そして助手席の扉を開けて私を軽く押して私を乗せ、後部座席にダンボールを置いた。
悠人は運転席に座ると、黙って出発させた。
「悠人、まだ自分で運転しているの? 自動運転の方が楽でしょ?」
「これは、俺の趣味だ」
「そう…」と言ったが、話が続かないまま悠人は車を運転して私の家に着くとダンボールを運んでくれた。
「お茶でも飲んでいく?」
「いや、いい。ちゃんと休めよ」
「わかったわよ」
「明日は出てきて研究助成の申請の資料作成をしろ、間に合わなくなるぞ」
「そうね。そういう時期だったわ。お父さんの研究室はどうなるのかしら…」
「さぁな。俺のような下っ端には上の情報は来ないからわからん」
「そうね…」
「じゃあな」と悠人は言うと出て行った。
残された私はダンボールの中身をお父さんの机の上に出した。
お父さんの私物ってこれだけなんだ… と感傷に浸っていたが、葵さんの言葉を思い出した。
お父さんの机の中に何かあるかしら? ひき出しには筆記用具と論文のファイルなどが入っているだけで特に何もない。
あっ、私への手紙! 鞄にはいっていたはず。
私は鞄をから私への手紙の封をひき出しに入っていたペーパーナイフで切った。
便箋には研究が中心の生活で家族を顧みなかったことを詫びる文面があり、最後に『幸せになれ』と書いてあった。
私の頬を涙が流れて、便箋に落ちた。拭かなきゃと思って手を動かした時に、封筒を床に落とししてしまった。すると、小さい紙切れが出てきた。
そこには何か文字列が2つ書いてあった。
これって、パスワード? お父さんの端末は指紋認証ができない場合に備えて、パスワードでも開くようになっている。
私は端末に一つ目のパスワードを入れた。するとログインできた。
デスクトップは非常にシンプルというか、インストール直後のような何もない。
そこに、一つだけ『彩音へ』というファイルがあった。
こんな画面をお父さんが使っていたの? 違うわよね?
私の頭にはクエスチョンマークが浮かんでいたが、『彩音へ』と書いてあるので私宛よね… 『お父さん、読むわよ』と呟き、ファイルを開いた。




