プロローグ
秋の冷たい雨が降っている。
葬儀の参列者の中に、20歳後半に見える女性が位牌を持って立っている。
その姿は、肩から裾まで流れるようなラインがまるで夜の川面を思わせる。
胸元には控えめなレースが施され、さりげない輝きを放つパールのネックレスが、彼女の気品を一層引き立てていた。
髪はゆるやかにまとめられ、ドレスの裾がさざ波のように揺れ、声をかけ難い雰囲気があった。
その女性に、喪服だが少しだらしない感じがする男性が近づいてきた。
「彩音、俺は帰るわ」
彩音は少し呆れた顔をして、「そう… 悠人、もう少しちゃんと服を着なさい。だらしないわよ」と言った。
「すまん。何か俺ができることがあれば、連絡をくれ。俺は研究室にいるから」
「わかったわ」
悠人が去っていくと、絢音は先ほどのように声をかけ難い雰囲気に戻った。
悠人はホンダの軽自動車のドアを開け乗り込むと、すぐにネクタイを緩めた。そして、電子タバコを口に咥えて、車を走らせた。
車をしばらく走らせ、住宅地を抜けると並木道を右折した。
急に森の中に迷い込んだように、左右どちらを見ても木しか見えないが、前方にはゲートが見える。
悠人は速度を落とし、内ポケットからカードを取り出し、ダッシュボードに投げた。
すると、ゲートは自動で開いた。
木々の中に学校の建物が点在しているような場所を2つ抜け、駐車場に車を停めた。
悠人はダッシュボードのカードを取り、助手席の帆布のバックを掴み、車を降りて近くの建物に入る。
2階の扉を開けて入ると、チュッパチャプスを口に入れたヨレヨレの白衣の男がノートパソコンから視線を悠人に向けた。
「おう悠人。戻ったか」
「あぁ。着替えるわ」
悠人は奥の扉を開けて入った。しばらくすると、ジーンズ、白衣、サンダル姿で出てきた。
「はぁ。慣れない格好は疲れる」
「彩音さんは気落ちしていなかったか? どうして親族だけの葬儀なんだ? 天野先生の葬儀なんだから参列したい人も多いと思うぞ」
「しらねぇよ。親族の決定らしい」
「彩音さんはいつ出てくるんだ?」
「来週には出てくるだろう」
「それまでは、むさい悠人だけかよ」
「晶は彩音とほぼ話さないだろ? 苦手なのか?」
「俺は話していない時の彩音さんが好きなんだよ」
「なんだそれ?」
「話している時とギャップが大きいだろ?」
「そうか? あんなもんだろう?」
「彩音さん、早く復活して欲しいなぁ」
「そうだな。研究助成の審査があるしな…」




