音と匂
三題噺もどき―ごひゃくごじゅうさん。
玄関の開いた音で目が覚めた。
ほんの少し寝転がっていただけのつもりだったのに、いつの間にか寝おちていたらしい。
手に持っていたはずのスマホは畳の上に落ちている。時間を確認してみようかと思ったが、そんな気分でもないので放置しておく。
「……」
我が家の一階にある、小さな和室に今はいた。
ちょっと探し物があって、この部屋の押し入れを探していたんだが、見つからず。
思ったよりも疲れた上に、居心地がいいこの部屋で少し休憩をしていたのだ。
「……」
和室という程立派なものでもないのだけど。長方形ではなくて、正方形の畳が並んでいる。部屋の壁側には昔使っていたテレビラックがおかれ、その中には母の仕事道具が置かれている。割とごちゃごちゃと入っているので、探すのに苦労するらしい。
押し入れの中にもいろいろと入っているので、まぁ時間がかかる。
「……」
ごちゃごちゃの押し入れから目をそらすように体を動かし、外を眺める。
窓にはサンシェードがついているのだけど、下の方が20センチ程開けられているのだ。なぜかは知らないけど。とはいえ、見えるのは家の狭い庭と隣の家の石垣だけで、何もない。たまに猫が通り過ぎたりするんだけど、そんなラッキーはそうそうない。
「……」
その狭い隙間から、太陽の光が差し込み、この部屋はそれなりに温かい。丁度いい感じだ。どうりで寝おちるわけだ。ただでさえ、畳の臭いが漂うこの部屋はかなり気分的には落ち着く場所なのだ。眠気も誘われるに決まっている。
そうでなくても、幼い頃から畳の部屋というのは割と好きでよく寝転がっていた。
その点で言うと祖父母の家は好きだった。場所が場所であまり簡単にはいけないのだけど。
正直自分の部屋も畳にしてほしかったくらいだった。却下されたけど。
「……」
それより、今かえってきたのは誰だろう。母だったら面倒なんだけど。
開いた後の足音や物音を聞いた感じ母ではないような気もするが……あの人はもう少し軽い音がする。足音的には父だと思うんだけど。妹たちはもう少し静かに入る。
この和室は、押し入れを挟んですぐ玄関があるので、音がよく聞こえる。
そうでなくとも、家の中は静かなので物音なんてよく聞こえる。部屋の軋む音とか時計の音とか何かが落ちた音とか。
「……」
あとあの人は荷物が重いのと、ガチャガチャと音がよくする。
仕事のリュックに色々ついているからだろうけど、まぁ、うるさくはある。
その点で言うと、妹も静かではないな。キーホルダーのぶつかる音がしている時がある。
「……」
あー父が帰ってきたとしたら、もう夕方ぐらいなんだろうか。
それともいつもより早く帰ってきたりしたんだろうか……外を見る限りまだ明るいように見えるので遅くはないと思うんだけど。最近は気づかぬうちに真っ暗になっているから油断ならないけど。
「……」
まぁ、どちらにせよ、人が帰ってきたなら動いた方がいいだろう。
ここにこのまま寝転がっていたいところではあるけれど、そうもいかない。
いや、いいんだけど、ここに誰かが来た瞬間におどろかれるのが目に見えている。
基本この部屋を使うことはないので、人が居ること自体異様なのだ。
あーでも動くのめんd――
「うわ。びっくりした……」
「……おかえり」
想像通りの驚きが返ってきてこちらもびっくりした。
やはり帰ってきたのは父だったらしい。もう既に部屋着に着替えている。相変わらず早い。
珍しくこの部屋に用事があるようだ。何か探しものだろうか。
裁縫道具でも探しに来たのかな。ボタン付けとかよくしている。我が家で一番うまいんじゃないか……ちなみに私は裁縫は割と苦手だったりする。手汗が酷くて針が滑るのでうまくいかない。小学生くらいまではそうでもなかったんだけど、気づけば手汗が毎日酷い酷い。
「なにしてん」
「……ねてた」
そう答える私を尻目に、父は和室の押し入れを探る。
ふいに漂う煙草の香りに、ああ父が帰ってきたななんて当たり前のことを思う。
いつも同じ銘柄の煙草を吸っているので、いつも同じ匂いがする。最近の甘ったるい匂いのモノは嫌いだけど、父の吸っている煙草の臭いは好きだった。
「裁縫道具どこ」
「そこにないの……」
やはりそれを探していたらしい。
最近母も仕事で使っているから、手前の方に置いてあると思うのだけど。
この人は案外視野が狭い。というかまぁ、単純に老眼やら乱視やらで目が見えずらいらしい。眼鏡かければいいのに、車の運転の時だけかけているようだ。
……見つけ切らないようなので、体を起こし押し入れを探す。
「……あるじゃん」
「お、さんきゅ」
小さな丸い缶を見つけ父に渡す。
リビングへと戻り、仕事着にボタン付けをし始めた。
「……」
私も部屋に戻るとしよう。
そろそろ妹も母も帰ってくる。
お題:煙草・和室・太陽