14.夕露に紐解く花の答え合わせ
光が左大臣家に帰れたのは、それからしばらく時が経ってからだった。
それもこれも、二条の屋敷のせいである。
いや5年も放り出していた自分が悪いのだが、一応、準備に顔を出してみると美しかったはずの私邸は悪夢のような荒れ方をしていたのだ。
「………もうここがあの廃院じゃん」
そう思った光は夢のトラウマからいろいろと指示を出し、祈祷を行い、なんだかんだで二条邸から帰れなくなっていたのである。
その間に、左大臣家では何が起きていたのかというと。
まず、光が寝ぼけて葵に口付けたあの日、光が泣く泣く出勤して行ったその後、静かになるや否や、葵はぺたんと座り込んだ。
「姫さま!どうなさったのです!?」
なんて、女房たちが大慌てで聞いてくるが、なんのことはない。
緊張の糸が切れたのである。
扇で隠した頬は真っ赤なままだ。
「………??」
中納言の君や中務たちが首を傾げている。
葵はますます赤くなった。
だって、今、自分の首筋にはーーーよりによって、髪で隠せない場所に………。
ちう、と肌を吸われた時の感覚が蘇って、葵は思わず扇を放り投げ、両の袖で顔を覆った。
絵巻物の姫君には、およそ似つかわしくない暴挙である。
………そして葵の奇行は総じて、夢でも現実でもこう解釈されるきらいがある。
「きゃっ………姫さま!もしや、お加減がお悪いのでは!?」
部屋が俄かに騒がしくなって、葵は消え入りそうな声で彼女たちを止めた。
「違っ、違います、これはなんでもないの………!あっ、待って中納言、中務、あのこれは…………っ」
当然、そんな声では、謎に我の強い彼女たちは止まらない。
あの夢の中でも、六条御息所との車争いの起きた葵祭りで、もともと観覧に乗り気でなかった葵を「婿君さまの晴れ舞台ですわ。ご正室が見に行かれなくてどうします!」と連れ出した猛者たちである。
このままでは、バレるのは時間の問題だった。
「み、みんな………お願い。あの………」
葵の瞳に、涙が盛り上がる。
混乱した頭の中で、彼女なりの最適解が弾き出された。
「………お願い。乳母を呼んでちょうだい……っ」
***
「まあ、姫さま。どうなさいました?」
呼ばれてきた乳母は、涙目の葵に目を丸くした。
白くなった髪を揺らして駆け寄ってくる彼女は元々、皇女である母の側仕えだった人である。
自分にそれはたくさんの愛情を注いでくれた乳母は、感情を面に出すのが苦手な葵が、両親以外で唯一甘えられる存在だった。
誰にも言えないが、こんなに大きくなった今でも、葵はこの乳母に会えないと心細いような気がする。
光と葵は似たもの夫婦なのだ。
小さい頃と同じように、どうしよう、ときゅっと唇を引き結ぶ葵の手を、乳母がそっと握って、さすってくれる。
「あら……」と揺れた視線は、葵の首筋を捉えている。
事情を察してくれたらしく、乳母が安心させるように微笑んだ。
「まあまあ、姫さま。そんなに泣かずとも。大丈夫、ご心配には及びませんわ。これは病でも、あぶない怪我でもないのですよ」
「あっ、違うの!そういう意味で泣いているのではなくて。あの……」
「ね、姫さまーーー光る君さまは姫さまに夢中になられますと、私の言った通りになりましたでしょう。今でこれならば、これからはもっと増えるやも……姫さまが気になるのなら、膏薬を用意いたしましょう!」
「ま、待って。そうじゃなくて………」
ふるふると首を振った葵が、乳母の袖を掴む。
自分が箱入り娘なせいで、世にも恥ずかしい勘違いをされている。
とりあえず誤解を解かなければ。
ーーーそうじゃなくて、どうしたらいいかわからないの。
「すきなひとは、私って言って。おねがい、あおい。葵………私のあおい〜………」
そう、夫から言われた時に、なんと答えればいいのかがわからないの………。
(……………!!)
口に出す寸前で“こっちの方が恥ずかしい!”と気付き、葵は押し黙った。
面と向かって誰かに「好きな人はあなたです」なんて言ったことなど生まれてこの方一度もないし、そもそも平安の姫君はそんなこと言わない。
葵は自分が、夫から超難題を突きつけられていることに気付いた。
好きな人に、理由は全然わからないけれど好きになってもらえたという喜びよりも先に、どうしよう、が来てしまう葵である。
(………………。)
とりあえず乳母にお礼を言い、一度落ち着いて考えてみようと思い直したところで、用意された膏薬が運ばれてくる。
ぼーっとしたまま手に取りかけて、葵はまごついた。
持ってきたのが、中納言の君と中務だったからである。
「……もう、姫さまったら。なんで、私たちにまで隠すんです!」
「姫さま………昨夜は不用意なこと言って、婿君さまを煽ったりなさいました?こんなこと初めてですのに」
ふたりが口々に、勝手なことを言う。
葵はまた赤くなった。
「ちが……何も言ってません!光さまが急に………」
昨夜を思い出してみても、本当に何も心当たりがない。
とりあえず、夫の前ではもう二度と、単袴は着れないと葵は思った。暑さは我慢するしかない。
恥ずかしさのあまり涙目になりながら、葵が首筋を押さえる。
「………わたくしは嫌って言ったのに、光さまが………止めてもやめてくださらなくて………!」
「「ええ!きゃーーーっ!!」」
言うなり対屋が爆発して、葵はたちまち失言に気付いた。
訂正しようにも、もう遅い。
パタパタと響く羽音は言うまでもなく、庭の雀が逃散した音である。
「あ、ち、違うのよ。止めてもって言うのは………あの、光さまは」
寝ぼけていらっしゃって、と言うその前に、中納言の君たちの声が弾けた。
「光る君さまって、夜はそんな感じなのですか!?想像できませんわ!いえ、想像なんてしては姫様に申し訳ありませんわね!姫さまだけのものですもの!」
「その通りよ!ああ、なんて素敵なのかしら。都中の姫君たちから称えられても、光る君さまがそんなになるのは私たちの姫さまだけ!」
「「きゃーーーーっ!!」」
事態が悪化しただけだった。
忘れていたが、彼女たちの声はそれはよく通るのである。葵が隠したかった昨日のあれこれーーー中納言の君たちの誤解付きーーーは周知の事実として、左大臣家に、そして都中に広がっていく。
「ひそひそひそひそ………」
「きゃーーーーっ!!」
「ひそひそひそひそ………」
「きゃーーーーーーーーっ!!」
連鎖していく黄色い声に、葵は頭を抱えた。
普段は顔に出ないからそう見えないだけで、葵は恥ずかしがり屋なのである。
止まらない「きゃーーーっ!」の声に、その声が間違いなく自分の噂話をしているという事実に、葵は居た堪れないどころではなかった。
「………やめてったら………違うのよ。わたくし、わからないのに。光さまが、何を考えてらっしゃるのか………」
何度目かわからないそんな問いが口をついて出て、葵は女房たちに笑われてしまった。
目を見交わした中納言の君と中務が、こっほんと咳払いして寸劇を始める。
葵役の中納言の君を、光役の中務が色気たっぷりに見つめてーーー。
「葵……早く私のこと、好きになってくれないかな……」
「ち、ちょっと!」
制止の声を上げ、違います、と怒る葵に、二人が首を振る。
「違わないのです。姫さま」
「……………っ。」
皆は、知らないから………と、いつもなら思うのに。
ーーー今日だけは、もしかしたら、ふたりが合っているのかもしれないと思えて。
「〜〜〜っ」
そんな自分が信じられなくて、葵は真っ赤な顔のまま、思わず部屋を飛び出した。
乳母がおっとりと首を傾げる。
「あら、姫さま。どちらに?」
「………、何でもないわ。少し、外の空気を吸いに………!」
まあ、お可愛らしい姫さま、なんて、乳母がまた微笑む声が背に聞こえる。
廊下へ出ると、差し込む陽の光が眩しかった。
気付けば夏はいつのまにか過ぎて、庭から吹く風は秋のものに変わっている。
旧暦八月、紅染月の涼風が、火照った葵の頬を撫でた。
深呼吸すると、やっと実感が湧いてくる気がした。
今朝は、鏡に映る自分の肌の、紅い痕を見てもまだ、信じられなかったのだ。
(光さまが、わたくしを…………?)
それは夢の葵が、何度、心の底で願ったことだっただろう。
好きになってほしいなんて、贅沢は言わない。ただ、あなたの妻になった自分を見てほしい。たった一度だけでもいいから……。
あの夢を最後まで見た葵は、それが永遠に叶わないことを知っていた。
だから諦めたのだ。諦めて、自分のそんな想いは封印したはずだった。
「……………….っ。」
とくん、とくんと胸が鳴る。
噂話はまだ遠くに聞こえるけれど、さっきほどには気にならない。
それよりも、屋敷がこんなことになっていて、光さまが帰ってきた時、気まずい思いをしないかしらと、葵はふと思った。
ーーーあまり、ニマニマしすぎないように女房たちに言っておこう。
そう思ってから、葵は困った。顔が勝手に、笑ってしまう。頬が熱くなって、心臓の音がうるさくなってしまう。
だってーーー光さまが、もうすぐ帰ってくる。
葵は珍しく、この日だけは、夢の出来事を忘れていた。光る君が、夕顔の君に出会う日がいつなのかを。
光さまを、出迎える準備をしなくちゃ。
そう思って、葵が振り向いた時だった。
夢に出て来た、聞き覚えのあるあの声が聞こえたのは。
***
最初に聞こえたのは、楽しそうにはしゃぐ、幼い女の子の声だった。
誰かがその子を腕に抱いて、優しく髪を撫でている。頬を染めた幸せそうな顔のまま、その人は隣に立つたった一人を見つめていた。
まるであの夢の一幕のように。
衝撃で、葵は思わず固まった。
それから涙で視界がぼやけた。
葵は知っている。
そんな顔をする人は、自分の夫しかいない。
そう思ったから、その視線を追って、葵は気付いてしまった。
夫の視線のその先に、彼女がいることに。
飾らない白い袷に柔らかな薄紫を重ね、夕顔の花がそのまま人になったかのような美しさで、不安げに佇む、愛らしい人。
体中から力が抜けて、葵は座り込んだ。
希望に膨らんだ胸が、萎んでいく。
自分などとは比べるべくもなく、夢の夫の心を奪った女君。
彼女がすぐ、目の前にいる。
五条へお忍びで出かけていく夫を見るたびに、夢の自分が決して敵わないのだと悟った、泣きたくなるほどの羨望の相手。
(………夕顔の君………)
どうしてここに、と思いかけて。
夫が連れて来たのだと思い直す。
―――なんだ。会えたのね。よかった。
あなたが好きです、なんて、言う前でよかった。
そう思ったはずなのに、なぜか涙が止まらなくなって。葵はまるで夢の自分のように、「気分が優れないのです」と几帳の中に籠ってしまった。
だって夕顔の君がいるのなら、自分がいなくても光はもう、寂しくない。
破滅への道なんて、もうどうでもいい。
しばらく誰にも会いたくなかった。
………だがそんな時に限って、やたらと陽気な見舞い客がやって来る。
「見舞いに参上しましたよ。我が最愛の妹よ。気分が悪いなんて、どうしたんだ」
兄の頭中将である。いつも明るい兄ではあるが、今日はことにテンションが高く、葵は困惑した。
そもそも、なぜ兄がこの屋敷にいるのだろうか。
「あいつに治してもらえばいい。愛は万病の妙薬ですよ。そう思わないか、葵?」
鼻歌でも歌い出しかねない勢いである。
(………もとはと言えば、お兄様が夕顔の君を………!)
愛なんて、葵が今、一番聞きたくない言葉だった。
ぐちゃぐちゃの気持ちが涙に変わって、葵の頬を伝った。
「……お兄様の顔なんて見たくありませんっ」
「………….!!」
頭中将がよろめいた。
巻き込み事故の被害者である。
「あ、ああ、葵………!?」
葵は顔を背け、返事をしなかった。
落ち込んだ頭中将は職務を放棄し、夕顔に慰めてもらおうと、実家たる三条邸に籠った。
夕顔と離れたくないあまり仕事をボイコットしたのは夢の光も同じなので、別にこれだけですぐクビになることはない。
周囲がただただ、「あいつどこ行った!?」と慌てふためくだけである。
ひとり掛衣にくるまった葵の脳裏に、夢で見た夕顔の君の姿が浮かぶ。
両親を喪い、身分をなくし、右大臣家から脅されて、ひっそりと隠れながら生きてきた夕顔の君。儚げな見た目に違わぬ、薄幸の美少女の代名詞ともいうべき姫君である。
(お兄様はそんなあの方を、『常夏の女』と呼んでいたのね)
思えば、可哀想な兄だった。妹の夫に、最愛の恋人を奪われるのだから。
なぜ兄は、彼女をそう呼んだのだろう。彼女のどこに、それを感じていたのだろう。どんな顔で、彼女を見つめていたのだろう。
そして、光さまは―――。
これから、どんな目で、彼女を見つめるのだろう。夕顔の君だけではない。これから出会う幾人もの女君を、光さまは、一体どんな目で見つめるのだろう。
(そうだわ………もし、夢の通りになるのならーーー夕顔の君が、光さまを幸せにしてあげられる人であるのなら………わたくしは、夕顔の君を守らなくては)
夕顔は夢の自分と同じく、生き霊に殺されるひとりだった。
もうすぐ、旧暦八月の十五夜が来てしまう。
夢の夕顔の君が、命を落とす日が。
簾の外には、夕映の空が広がっている。
葵は涙を拭い、何も言わずに立ち上がった。
ーーーしかし。
「初めて見せる恋人の素顔はどうです。あなたのお眼鏡にかないましたか?」
「まあ………」
戯けた声に、夕顔の君が頬を染めて、上目遣いに微笑む。
「いいえ。ほんとうはね、私、あなたが来てくださった時、忘れられないあの方かもしれないと思って喜んでいたの………なんて」
そう悪戯っぽく答えた夕顔の君を、はにかんだ夫が抱き寄せる。
遠い御簾越しに見える、二人の姿。
漏れ聞こえる声。
甘い雰囲気は葵を打ちのめすのに十分だった。
その時である。
「あれ?葵、どうしてこんなところに。探しましたよ!」
そう言って、夫が顔を輝かせながら現れたのは。
「…………!光さま?え?探すって……?」
「いやあ、こっちから葵の匂いがするなって……あ、違う!気持ち悪がらないでください葵!気分が優れないと聞いたのに、部屋にいないと思って探しに来たんですよ。私は鼻もいいんです。ほら、私は光源氏だから」
「…………え…………え?」
もう澄まし顔を作るどころではない葵は、御簾の向こうの恋人たちと、すぐそばにいる夫を見比べる。
葵の視線を辿って、光が笑った。
「あっ、なるほど。うわあ、義兄さんたら」
声を落とし、光が御簾の向こうを覗く。
「あんなにぎゅうぎゅう抱きついて、わっ、口吸いまでしちゃって…………デレデレだなあ。よーし、普段のお返しに、今度揶揄ってやろう」
そう言って、光が楽しそうに振り向く。
「珍しいね、葵。兄妹喧嘩ですか」
ひそひそ声で言うその瞳に、兄への嫉妬の色があるのかどうか、葵にはわからなかった。眉を下げて笑うその目尻に、なんとなく、羨望が滲んでいるような気がするだけだ。
自分の勘違いに気付いて、葵は顔を赤くした。
思い込みとは恐ろしい。従兄弟とはいえ、普段は兄と光を似ているなんて、思ったことはないのに。
だがそれならそれで新たな懸案事項が生まれて、葵は光を見上げた。
「………光さま。違っていたらごめんなさい。……本当は、あなたも、ああしていたかったのでは……」
聞けば、光がうっ、と呻いて顔を逸らした。
「まあ、そりゃあ……」
耳が赤い。腕に埋めた顔がどんな表情なのか、葵は察して俯いた。
―――何が、守らなくては、だ。
今まで、できることは沢山あったはずなのに、自分がしていたことは無責任にも寝込んでいたことだけだ。
あの人はーーー夢の夫の大切な人だったのに。
「………ごめんなさい。上手く、できなくて………。わたくし、知っていたのに」
「えっ、知ってたって何ですか、恥ずかしい。そりゃあ………あなたにしてもらえるなら、私は…………」
「…………っ、………え?」
葵はもう一度首を傾げた。
光の熱っぽい言葉は続く。
「いいんですか?……あんな風に、ぎゅーって………また、抱きしめても。も、もしかして、その後口吸いまで………?」
「え?……わ!?わたくしに、ですか!?」
頷いた光は、相変わらず顔を隠したままだ。
それって、と聞く前に、早く戻ろう、と手を引かれた。
「………見ないで葵。嬉しくて叫び出しそう。義兄さんに覗き見がバレる………」
抱き上げられて、いつもの部屋へ連れて行かれながら、不意に葵は思った。
―――どうしよう。わたくし、あなたのことが好きです、と。
部屋に着いて、約束通り、葵は夫にぎゅうぎゅう抱きしめられることになってしまった。
幸せそうな笑顔に心臓が跳ねて、抱きしめ返す葵の手は震えた。
「光さまは、姫さまにご執心なのですわ」
今まで、女房たちからそう言われるたびに、一体どれだけ否定してきたことだろう。
「そんなはずがないわ」
そう返して顔を見ると、居並ぶ女房たちはいつも揃って生ぬるい目でこちらを見ていた。
なんなの、その顔はーーーと、葵は何度もたしなめたものだ。
だって葵は夢の物語の結末を、知っていたから。知っていると思っていたから。
「……光さま」
封印したはずの想いが溢れ出して、葵はぎゅっと目を瞑った。
葵を腕の中に閉じ込めた光が言う。
「……葵。好きです」
「……え?」
聞き返す声が震えて、葵は真っ赤になった。
光の言葉は続く。
「あなたのことが。葵が」
「………!」
「こんなふうに想ったのは、葵だけです。ずっと、一生……葵だけが、好きです」
「……………っ」
光が腕をゆるめた。ゆっくりと、その手が葵の頬に触れる。
御簾の向こうのすぐそばに、皆がいるのに。お父さまが、お母さまが。お兄さまが、夕顔の君がいるのに。
頭では、そうわかっているのに。
葵はうるさく響く心臓の音に任せて、光にそっと瞳を近づけた。
もう二度と、ところ構わずいちゃつく兄に文句を言うことはできない。世界には、自分と光しかいないように見えた。
「………葵………私を好きになってくれましたか?」
葵は、「はい」と答えてしまった。
満杯になった水が、こぼれ落ちるように自然に。
震える小さな声で。
葵を抱きしめた光が、真っ赤な顔のままそっと唇を重ねた。まるで宝物に触れるように、何度も、何度も。
その夜、灯籠の灯りが消えた後のことを、葵は一生忘れないだろう。
自分がお飾りの妻でなくなる日が来るなんて、葵は信じられなかった。




