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第九十五句

「お前たちに和歌集をつくってもらう」

 すっかり腰を抜かしてしまった三人に駆け寄り、恐る恐る事情を説明した。さすがに「貴方たちが作った和歌です」なんていっても意味が分からないだろう。影狼のことは“野犬”と称して狂犬病を防ぐために来た部隊だと説明すると何とか受け入れてくれたようだ。


「貴方たちは、こんな夜遅くに何をされていたのですか?」

「あぁ、私たちは勅令で和歌集を作っているのだが……」

「実は、そのうちの一人が亡くなってしまったんだ」


 やはりそうだ。この三人は古今和歌集を作った者たちに違いないだろう。だがこれ以上話していると影狼たちがまた攻撃してくるかもしれない。狂犬病の危険があるから、と中に入るように促すと素直に入ってくれた。だが、御簾を下ろす前に悲鳴が聞こえた。


 すぐ目の前でしたその声の持ち主は躬恒だ。何やらとても慌てている様子でちゃんと喋れていない。落ち着かせてから言った一言に全員が驚愕した。


「ない……」

「しっかりしろ、何がないんだ!」


「和歌を書いた紙がない……」

「「嘘だろ⁉」」


 いきなり忠岑と貫之も叫び、必死にその『和歌の紙』とやらを探し始めた。しばらく部屋にあったいろいろなものをひっくり返して調べていたが、とうとうないと分かるとその場で座り込んで肩を落とした。


「大丈夫……ですか?」


 暁が引き気味に質問すると、一斉に睨まれる。その怖さに、思わず白菊の後ろに隠れてしまった。


「大丈夫に見えるかい、坊や」

「あれは大事なものなんだよ」

「えっとぉ……ご、ごめんなさい」


 話を聞くと、『和歌の紙』というのは選んだ和歌をメモしておくために作られたものだという。その数約千枚。もうすぐで完成という時に、何の前触れもなく消えてしまったという。紙一枚ならば誰でもできるが、千枚となると話は違う。重さもあり、何より目立つ。四人も協力して部屋の中を隅々まで探したが、それらしきものはどこにも見当たらなかった。


「最後に見たのはいつですか?」

「一刻(約二時間)前だね。その時は確実にあった」


 春が外から探索したところから帰ってくると顎に手を当てた。


「この部屋に、裏口か何かはありますか?」


 貫之は今いる場所から少し離れると奥にあった、他と素材の異なる壁を強く引いた。軋んだ音を立てながらゆっくり開けられたその扉からは夜風が入って来た。


「ここだ。まぁ、あまり使わないけどな」

「あれ、この扉ってこんなに古かったっけ?」


 忠岑が駆け寄って扉を閉めようとする。だが、結構な力をかけないと動かないようだ。春はその様子を見て再度考えた。


(裏口から入ったという手も考えましたが……これでは時間がかかりますね)


 もともと開けていて夜風で飛ばされたということも考えてはみたものの、三人の反応からしてこの扉はいつも使うようなものではなかった。すると、白菊に手招きをされて四人は集められた。どうやら聞かれたくない話らしいので、なるべく近くに行った。


「なぁ、影狼のせいっていうのはあるか?」

「はぁ⁉お前なんでも影狼のせいに……」


 同時に春と心は考え出した。その可能性もなくはない。だが、そうだとしたらどうやったのだろうか。ふと、撰者たちの会話が聞こえてきた。


「貫之、お前どこかに隠してるだろ」

「俺はそんなことしない!」


 いきなり始まった喧嘩に全員の視線が行った。


「だって、机を整理するからって動かしてたじゃないか!」

「あれはただの整理だ!ちゃんと紙は机の上に戻しただろ!」


 その話を聞いて、四人の頭の中にある点と点が一気につながった。真っ先に心は貫之に近づいて険しい顔をした。


「貴方、いや、お前」

「失礼な言い方だな」


「お前、主じゃねぇだろ」


  いきなり雰囲気が変わる心に驚愕しながらも、忠岑と躬恒はそこで固まることしかできなかった。





 周りは暗くて何も見えない。その景色の中で一人だけ、必死に助けを求めている男性がいた。


「誰かっ!誰か!」


 それはただ暗いのではない。大量の影狼が、これでもかと囲んでいる姿だった。

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