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第九十四句

「貴方の死を弔うよ」

 友としがらみのやり取りをしばらく見ていた暁と白菊のもとに、二人の雰囲気の似た男性がやって来た。スーツの胸元にリボン、コートを羽織り、片側に長い髪を輪にして梅の花が模されたクリップで留めている方が先に来て話した。


「やぁ、遅れてごめんよ」


通称:(こころ)

管理番号:035

主:紀貫之(きのつらゆき)


 心の後ろにくっついてきているのは、浴衣を着て心の反対側で輪にした髪を桜の(かんざし)で留め、細目で優しい雰囲気の男性だった。


「すまなかった。私の準備が遅かったせいだ」


通称:(はる)

管理番号:033

主:紀友則(きのとものり)


 四人でテーブルを囲むと、白菊が中央に自分の携帯を置いた。三人はぽかんとしている。


「ここに集めたのはお前だろう。白菊」

「早く!」

「まぁまぁ、白菊君が言うのを待っていなさい」


 急かしてくる暁と心を止めた春に、白菊は一礼してから電話のアプリを開いた。


「どうやら、博士が俺らに話したいことがあるらしいんだ」


 通話履歴の一番上をタップすると、そこには録音された博士の声があった。とても深刻そうな声で、いつもより低く聞こえる。前置きを話して一拍話置いてから、本題に入った。


『単刀直入に言う。今回の仕事は極秘だ。この話は私と、君と、あの三人にしか話さないように』


 少し間が空く。おそらくここで白菊がリアクションか何かを取ったのだろう。息を大きく吸った後に博士は話を続ける。


『今、影狼を見つけたんだ。それも大量の。君に仕事の電話をしようとかけたときに、その場所には何か見覚えがあってね。発見された時期と場所を多くの資料と照らし合わせながら確認したんだ。そしたら……』


 博士も相当乱しているようで、言葉がゆっくりだった。


『古今和歌集が作られた時期、場所と気味の悪いくらいに合うんだ』


 同時に三人が立ち上がる。ということは確実に、自分たちの主がいるのだ。主が影狼に襲われるでもしたらそれは、自分が死ぬということでもある。


 今回は、四人に影狼を倒してもらって古今和歌集の制作に何の影響も及ぼさないようにしてほしいというものだった。音声が切れると早速準備を始めた。


 全員がそろい、姿見に入っていく。いつも仲が良く、四人で固まって話しているところを見るのはほぼ毎日と言ってもいいだろう。『古今和歌衆』と呼ばれるメールでのグループトークをつくるほどの仲だが、今回はいつもの会話はなかった。四人はそれぞれ真剣だった。


 中には確かに資料で見た宮中だ。もう真夜中だが、灯りの付いているところがあった。そこには三人の男性が、どこか遠くを見つめながら話していた。


「なぁ、もうすぐで完成するな」

「ここまで大変だったよなぁ」


 会話からして、あの三人は撰者だろう。だが、一人足りない。どこを見てもあと一人が見つからなかった。


「それにしても貫之。友則が亡くなって悲しくないのか?」


 その言葉には衝撃だった。春の主である紀友則はもう亡くなっていた。ということはここにいるのは紀貫之、凡河内躬恒、壬生忠岑だろう。春の表情をうかがったが、最初と何も変わっていない。友則が古今和歌集の完成前に亡くなったのは良く知られた話だ。それを覚悟したうえでこの戦いに参戦したのだろう。


 紀貫之とされる人物は強く光を発する月を見つめながらため息をついて話した。


「悲しいよ。兄弟のような存在だったのだからな。だがこの死は無駄なものではない、最後までやり遂げないと」


 忠岑と躬恒はうなずき、また三人で月を見始めた。何て悲しい場面に遭遇してしまっただろうか。だがその時間を引き裂くものがいた。月光に影が差したのだ。一個だけではない。月が隠されるほどの数だ。目を見開いた撰者たちの前に行き、影狼との壁になった。それぞれの武器を取り出して着地寸前のところで倒した。


 いきなり出てきた謎の男性たちに戸惑う。声をかけようとする前に振り向いた。その顔には少量の血のようなものがついている。その姿を見て撰者たちは――。


 震え上がったとか。

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