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第九十三句

「私は、それで幸せだ」

 刀は勢い良く振られたが、もう少しの所だった。だが、目の前を通る風がさっきよりも強い。一振りの威力だけでも上がっている。瞬きもせずに刀をひたすらふる友の目はとても真剣だった。その反面。影狼にはどこか気分が上がっているようにも感じる。


 もうすぐ、今いる民家の屋根の端に来る。避けるときに振り返ったタイミングで次の家までの隙間が結構広がっていることを確認したため、そこに誘導することにした。わざと後ろに引いていき、直前で足を止めると友が刀を振りかぶった瞬間に横へ避けた。一瞬よろめいたものの屋根に何とか掴まり、持ちこたえた。このまま止まっていては何かされるに違いない。左足で屋根を蹴ると、右足を影狼の体の側面に当てた。


 壁に当たりながら砂ぼこりの舞う地面へひらりと降りる。足が付いたときに服が微風を起こして煙が分散していった。置かれていた物の下敷きになっていた影狼は目だけに殺気を宿らせると、目線をその後ろに向けた。





(さて、こんなもんかな)


 影人を倒すとポイズンリムーバーで毒を抜いた。どうやら影人たちは細い糸で操られていたらしい。丁寧に切ってからまるで寸劇を見ているような気持ちで両者の戦い方を見ていた。本当は手伝いたいがここから一歩も動けないほど疲れ切っており、何なら明日に来るはずの筋肉痛が前借りされている。いままで誰一人と見たことないという彼の戦いに見入っていると、それは突然やって来た。


 影狼がこちらを見てきている。歪んだ表情の友とその意図を理解すると、すぐに立ち上がって逃げた。少しの休憩はできている。今なら二十メートルほど先にある壁くらいにまでは走れるだろう。低い体勢を取って走り出した。


 だが、その前にもう着いている。手が震えながらも矢をセットして構えるが、射程が少しずれるだけでも変わるものだ。かすりもしないまま追い詰められていく。その後ろに音もなく、友が現れた。目を合わせると人差し指を口に当てて静かにするよう合図する。どんどん速度を増して追いかけてくる影狼にぴったりと着いたまま、とうとう入り口にまで追いつめられた。


 木の前で右に避けたしがらみは矢を構えてその状態を保つ。吸い寄せられるようにして目線が行ったときに矢を放った。今回は少し前だ。だが、後ろに下がってくれたおかげで友の間合いに入り――斜め上から綺麗に斬られた。


『松も昔の 友ならなくに』

『流れもあへぬ 紅葉なりけり』


 必死の戦いだった。二人の顔に汗が浮かぶ。本当だったら倒れそうになるところだが、何とか押さえて姿見の所へ向かった。



 海は相変わらず静かに波音を立てていた。その静寂にしがらみの声が切り込む。


「そういえば、友さんっていつも能力使う時はどうしてたの?他のみんなともこうやって友達になってた?」

「……いいえ、そういう時は、そこで会った植物や動物などを友達にしていましたね」


 動物や植物でも発動の対象にはなるそうだが、力が弱いらしい。人の友達を作ったことがなかったというので今回の能力の効果はいつもの倍以上になったとか。





「なんかあの二人、仲良くなったね」


 暁は窓の外を眺めながら白菊と話していた。目線の先には松の木の下にいる友と――しがらみがいる。二人は楽しそうに本の話をしていた。


「これってもしかして……」

「そう、主の歌集」

「いいなぁ、僕の主はあんまり歌を残してないから」


 一緒に話している友の顔は笑っていた。能力を使う時、しがらみがつけた条件は『これからも友達でいること』だ。満更でもなさそうな顔をしてうなずいてくれた友は、話してみると何でも知っている博識な人だった。まだ緊張気味なので距離感を考えて接することにしている。


「あ、僕のことはしがらみ……いや、長いから“しがら”でいいよ」

「……えっと」

(しまった、引かれたかもしれない……!)

「じゃあ僕も……呼び捨てでいいよ」


 二人の友情はゆっくりだが、途絶えることはなさそうだ。

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