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第九十句

「昔なんてもういい!」

 友は懐から出した紐で素早く長い袖を留める。靴を履く間もなく襲って来るので裸足のまま対応した。右に刀を持ち変えると間合いに入られる前に少し前のめりになりながらも腹を狙う。長巻の攻撃範囲が広いところをちゃんと使いこなしているのだ。


 体を反らされて避けられるとさらに今度は自分から間合いに入らせ、影狼が口を開けた。刀を横向きにし、左手でも刃先を持ってそのまま前に押し出す形で口に入れると閉じなくなった。強くやったことで顎が外れてしまったのだろう。何かを言おうとしながら暴れる体を片足で止め、勢い良く腹を刺した。


 いかにも苦しそうな表情をしながら最後に視線が向かったのは砂浜の奥の方だ。容赦なく刀を抜いてそちらを見るとどうだろう。もうすでに、自分を囲っているではないか。逃げようにも後ろには海がある。まさに背水の陣だ。右に松の木を見つけると、駆け込んで登った。あっという間に周りに群がってくる。幹を撫でながらどうしようか考えた。


(やっぱり僕の友達は松の木しかないのかな。人なんて……みんな僕から離れていく)


 刀を両手で持って頭の上で構えるとふわりと着地した。地面に埋まる小石のように集合している影狼たちが自分の着地点だけ避けて集まると少しずつ下がっていった。刀身が長くそれが当たらないようにするためだ。だが、刃先が地面に向いた瞬間一斉に襲って来た。四方八方から攻めてくるのに対して冷静な表情を保ちながら振る。


 細かい動きについていけるものはほとんどおらず、数を減らしていく。再び松の上に避難したころには数えられるほどになっていた。


 だが、何かおかしいのだ。影狼たちは話し合っているようで、それが終わると三匹が粘土のように溶け始めた。徐々に固まってきたと思うとその姿に目を見開いた。


 ――そこには、険しい顔をしてこちらを見ている有明、冬。しがらみがいたのだ。降りて最初に話したのは有明だ。


「やっぱりそうだ」

「何が……?」

「本当に孤独なんすね」


 急に胸が苦しくなった。まるで怪我をしたばかりの場所を深くえぐられるような気持ちになったのだ。続いて冬が前に出る。


「一緒に戦っていて、本当につまらなかったです」


 これは影狼だ。断じて本人たちがそんなことを言うわけがない。そう言い聞かせ続けた。わかっている、わかっているが、だんだん目の前が真っ暗になっていく。それに追い打ちをかけるように、膝から崩れ落ちた友の目の前にしがらみの靴が見えた。


「もう、僕たちと関わらないでください」


 自然と涙が出てきて、もう体が動かなくなった。その様子を冷徹に見ながら影狼は元の姿に戻ると、大きく牙をむいて――。


 それは首根っこを掴まれて止められた。どうあがいても力が強く抜けられない。涙目になりながらも震え上がるような顔で影狼に言う。


「確かに僕は友達の作り方はわからないし、皆にあんまり関わらない生活をしてきた。けど、そんなことは言わない。僕の仲間を侮辱するな……!」


 ゆっくり立ち上がると横から来たもう一匹を強く握った刀で刺す。首を掴んだ影狼を踏んで動けなくすると、そこから一歩も足を動かさないまま向かってくる影狼を斬っていく。松の木を蹴って上からくるのも見逃さず、腹に貫通させて下に叩き落した。


 少々乱暴なやり方ではあるが、友は怒っているのだ。その流れで足ものと影狼も切る。少し自分の足にも傷がついてしまったが問題はない。自ら影狼の中に突っ込んでいき、ひたすら刀を振り回していく。服や顔に血が付いた。眼鏡が外れたことすら気づかずがむしゃらに戦った。


 最後の一匹、逃げながらも崖があってそれ以上進めず、おびえた様子の影狼の気持ちなど考えず岩を貫く勢いで一突きした。静かになった海岸を見て、急に力が抜けていく。それでも友は月と顔を合わせて笑った。

 

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