第八十九句
「僕って何だろう?」
姿見の前に立っていたのは友だった。何も言わずに姿見に入っていくところを必死に追うと、いつの間にかきれいな海の見える砂浜の上に立っていた。前のめりになりながらいきなり止まった友に追いつくと小さく声が聞こえた。
「二手に分かれましょう。そうしたら……すぐに終わります」
「それってどういう……」
質問をし終わる前に走り去っていった。疑問に思いながらもふと、他愛ない会話を思い出した。
脳内に思い浮かんだのはダイニングにいる冬と、体に傷をいくつもつけながら帰って来た有明の姿だ。ため息を一つつくと椅子にドカッと座った。
『はー。疲れた』
『お疲れ様です』
どうやらその日のペアは友だったらしい。そこから、窓の外にその姿を見つけると自然と彼の話になった。
『友さんって、寡黙なイメージありますよね』
『不思議な人っすよ。口数が少ないし、今日だって単独行動をしていたのでどれくらい強いかわかりませんし。』
『僕もおんなじイメージです』
冬が同調する。その時しがらみはペアになったことがないのでただそれを聞いて相槌をうつことしかできなかった。関わりもあまりなく、極端に言うならば松の下に置かれた彫刻のような存在に感じていた。 だが、それはあまり関わっていない人が言うべきではない。ちゃんとどんな人かを理解しなくては。
そんなことを思いながらも、話しかけるチャンスを逃すばかりだった。
回想が終わり前を向くと、もともといなかったかのように友は消えていた。首を勢いよく横に振って気を引き締めると、クロスボウと矢が何本か入ったベルトを取り出して腰に付けた。とりあえずここにはいなさそうだ。少し離れたところに立ちはだかる急な崖を見つけると矢を一本取り出し、漂流物らしき古い縄を見つけると本体と結んだ。
セットして少し上を狙うと、雑草の茂るところへ刺さった。あとは手足を使って登るだけだ。一本の矢で体重を全て支えられるわけではない。早めに行かなければ。まるで地上を走っているかのように進むと土の感触がして安堵する。だが、次の瞬間鋭いものが手に刺さった。枝だろうかと上を向くと、二つの赤い目が覗いているのが見えた。
(違う。これは……)
これは枝ではない、影狼の爪だ。何をやりたいかはすぐにわかった。前足で踏まれている手を離すと自分の血が顔に垂れた。残った左手を離したら絶対に落ちる。再び足の裏を岩肌につけ、膝を曲げると手のひらに力をかけると同時に強く蹴った。
背中を強く打ちながら着地したが、動けないわけではない。急いで地面に刺さった弓矢を抜くとクロスボウを引き上げた。同じ矢を使い影狼の腹を狙うとあっけなく突き刺さり、崖の下へ落ちていく。一度引き込まれそうになったが、幸いにも縄が脆かったので簡単にちぎれた。そのほとんどが、先ほどしがらみが登っていた時の体重でちぎれた分なのだが。
血が出ていたところを見ると、あまり深くはなかった。懐から手拭いを取り出して当てていると木の後ろに影狼が見えた。左手と口を使って手拭いを巻き付けて結ぶと試しに木へ矢を射ってみる。何回か草の揺らぐ音がするとその影は消えていた。
奥へ行ってしまっただろうかと気に近づいた時だ。何か横からも気配を感じる。
(罠だったか……!)
左右から飛び出してきた影人たちに足を止めた。
友は海岸をふらふらと歩いていた。月明かりが反射した水面を眺めていると、自然と心が軽くなっていく気がする。波打ち際まで来て袴の裾を上げると足先が波に触れた。一瞬で体全体が冷える。引き上げたタイミングで、一瞬にしてこちらに向かってくるものがあった。目の前まで来たとき、左手に刀を持って止める。反りの具合から長巻だろう。一旦引いて見えた姿は影狼だった。
今まで隠されていた手がよく見える。親指、人差し指、中指の三本指にはめられた手袋が、夜でもよく目立った。




