第八十六句
「なんでそんなことを……?」
あまりに数が多すぎる。みゆきは自然と冷や汗が出ていた。この狭い空間で、しかも人の多い場所だ。ひとたび音を立てたら起きてしまう。だが後ろの影人もあって距離をうまくとることができず、その場でじっと待つことしかできなかった。
やがて正面の影狼からの一喝によりみゆきに向かって多対一が始まる。影狼も影人も、一斉に襲い掛かってくるのに鞘から刀を抜いた。
左にいた影狼を串刺しにし、柄を短く持って右の影人の頬に当てる。余った左手で影人の袂を掴むと影人と頭を衝突させてその場に寝かせた。両側からくるのは爪や牙の攻撃だ。いく能力が効いているとはいえ同じところを何回も攻撃されると傷は深くなっていく。だがそうしてでも自分に引き付け、数を減らしていった。
(痛い、苦しい。でも、僕は僕のできることをやり遂げる!)
壁に打ち付け、影狼を始末したときだった。女性の局の御簾が少しばかり開いたのだ。その隙を見逃さず、数匹の影狼が女性に飛び掛かって襲った――。目の前に颯爽と現れたみゆきは両手両足を広げて影狼が来るのを防いだ。安心させるように横を向いて笑顔を見せたが、腕から垂れる血に安心などできない。すでに何重にも重ねられた傷がさらに噛まれ、もうあと薄皮一枚の所まで来ている。
「動くな」
聞きなれた声と共に飛んできた弾丸で確信した。もう来たのかと。傷だらけで正面を向くとそこにはいづみが銃を下ろして立っていた。壁に食い込んだいくつもの見慣れない弾丸を見て女性の恐怖がかなり増した。
「もう来たんですね、いづみさん」
「あぁ、君が話を聞いてくれたおかげだよ」
数十分前――
「でも……」
「……室内は難しい。だが、君のことを信用しているから頼めるんだ」
二手に分かれる前、いづみはみゆきに相談した。
「あぁ、その際なんだが、いま、君の正面に桶があるだろう?それに水を汲んで自分が通った道にかけてほしいんだ」
最初は戸惑ったが、すぐに、能力で早く移動するための手段ということがわかった。そこから桶を使い、廂まで伸びている水の道をつくった。
量が足りず、廂までしかつくれなかったがあそこからここまではそんなに距離はない。気配を感じてすぐに駆け付けたのだろう。パーカーの裾をちぎって両腕に巻き付けると、背中に女性を隠すようにして刀を構えた。その正面にはいづみがいる。
「目を閉じて、耳を塞いでいてください!」
「はい!」
もう何が何だか分からなくなっている女性に指示を出すと、強く目をつぶりながら両手で耳を押さえてくれた。これで銃の音や影狼の声などはあまり聞こえないだろう。
「右、左、下」
「了解」
向かいのいづみからの言葉に小さく返すと、向かってくる影狼に刀を上下反対に持って体ごと移動するように刺した。それと同じくらいのタイミングで銃弾が顔をすれすれに通り抜けていく。正面の、口を開きながらみゆきの方を向いていた影狼の額に当たった。貫通してまた局の壁に入る。
次に左の影人を蹴ると素早く足を戻してそこを下から飛び上がって来た影狼を刃で押さえた。よく研がれて滑りやすくなった刃が掴めなくなると、下から上に持ち上げるように腹を斬った。その勢いで左に踏み出すと背後を狙って来る影狼が小さく悲鳴をあげて倒れた。
最後にしゃがむと、一斉に襲って来た二、三匹の影狼が視界を覆いつくした。目を見開いていると銃声が連続で聞こえてそれぞれが綺麗に同じ場所を撃ち抜かれた。体をだらりとさせながら落ちてくるのを避けると立ち上がって目を合わせた。
一回の会話でも互いの意図を理解できるくらいの仲だ。避ける箇所を言えば自然に倒しながらでもできる。すっかり静かになった内裏から見える月が少し下がってきているのを見ると、女性のことを思い出した。
「あ、すみません。もう目を開けて――」
「……どうした」
振り返ってみたその表情は焦りに満ちている。
「いない……です」
いづみも全身がぞくりと震え上がる。どこに行ったかまた分かれ捜索しようと話していた時、塀に誰かが腰かけていることに気づいた。




