第八十五句
「争いなんて御免だ」
影狼がいづみに持ち掛けてきた提案は、ずるに近いようなものだった。
「残りの弾丸を捨てろ、だと……?」
「正確には、六発以上は撃てないってことだ」
『六発以内に自分を倒せ』というのだ。それができたらいづみの勝ち、出来なかったら――内裏にいるみゆきにここら一帯の影狼や影人を全て向かわせるらしい。自分の問題ならまだしも彼まで巻き込んでくるとなると話は違う。袋から四発を取り出し、素早く装填した。そのまま左手に持っていた袋を逆さまにすると何個もの弾丸が足元に散らばった。これでどうだ、という意志の目を向けるとそれを楽しそうに見ていた。
「三つ数える。三になったら始めよう」
「わかった」
「一、二――」
だんだんと姿をもとに戻していく影狼を見ながら風の音が聞こえなくなっているのを感じる。
「三」
さっそく一発撃つ。だが、構えを見ればそんなのは一目瞭然だ。目線の通りの場所に撃たれたため多少ずれても当たらない。続いて影狼が飛び掛かる。姿勢を低くして深い伸脚の体勢になると足の伸び曲げを入れ替えて起き上がった。伸ばしている足をもう片方に引き付ける。着地地点と推測した場所に視界を集中させ、半分がその体で満たされたときに撃った。うまく空中で一回転し、ずれたところに着地された。
残りは四発。あまり使いたくはないがいちいち影狼がチャンスを作ってくる。どの行動も信じられなくなりそうだ。そして、間合いから離れていない。この影狼はよっぽど頭がいいのだろう。賭けを提案したのもプレッシャーをかけるため。ここは一度引こうと走った。
今まで間合いに入っていたのは急に消えて少しは距離をとれただろう。少しして、最初の庭園まで戻って来た。池の水をその場にあった桶に汲むとその後すぐに来た影狼めがけて水をかけた。水滴一つかかることなくその場で止まる。そこから一歩も動かないのを見て、とうとう諦めてしまったのだと感じた。
しかし、顔の険しさは変わらない。銃口を上に向けたと思うと、そのまま上に向かって銃を撃った。三発連続で。残り一発となったリボルバーを見て笑ったまま近づいてくる影狼が水のかかった部分を踏んだ時、さっきよりも目が大きく開いた。
『みかの原 わきて流るる いづみ川』
早口に、小さく和歌を唱えると、いつの間にか目の前から消えていた。人が一人、一瞬で消えたのだ。驚かないはずがない。その瞬間、後ろからとてつもない殺気を感じ取った。振り向く間もなく頭の後ろに銃が当てられる。話し始めた声の持ち主は、間違いなくいづみだった。
「残念だったな。私が残弾を捨てたのは諦めたからではない。絶対にお前を倒せる自信があったからだ。まんまと能力に引っ掛かってくれて助かった」
いづみの句能力:水分を含むものの中を移動
いづみは能力で先ほどまいた水の道に入り影狼の背後で地上に出てきたのだ。焦った様子はなく影狼はまた男性に変身した。銃を構えたままで話を聞く。
「ハハハッ!お前は面白い奴だな」
「本当にお前は下劣な奴だ」
食い気味に出てきた言葉に一旦口を止める。だが、おしゃべりは止まらなかった。
「だが、すまないな。俺は自分を過信していた。だから、君の相棒の所に影狼と影人を向かわせた」
「約束と違うだろ!」
「だが大丈夫、君なら――」
言い終わる前にその額を打ち抜いた。この影狼の言葉は信用できない。もしかしたら嘘かもしれない。池を越えて内裏に入ると、みゆきの作った道をたどっていった。
みゆきの目の前に落下してきたのは何の変哲もない、いつもの影狼だ。だが、徐々に違和感がした。あまりに気配が大きすぎる。ここにいるのは影狼一匹と影人二人。だがそれ以上に殺気が隠しきれていない。
「……君たちの、本当の仲間はどれくらいいるの?」
素朴な質問だった。だが、それに答えるべく影狼と影人は、女性の隣にある局からあふれて出てきた。




