第八十四句
「僕は……なんてことを」
一直線に進んだ弾丸は額に当たるか当たらないかくらいの所で避けられた。夜でもはっきりと見える塀の白に突き刺さる。それを皮切りに影人はいづみを挟んで時計回りに進み始めた。いつかタイミングを合わせて挟み撃ちにするつもりだろうか。だが、それは影狼の動きを見ればよくわかる。銃を構えるでもなく、黒目を影狼の方へ向けた。
だがあちらも微動だにせずこちらを見てくる。このまま続いても面倒だ。目線を正面に戻して間もなく空に向かって引き金を引いた。影狼と同時にカッと目を見開く。銃を目の前に持ってくると男性たちの腕にかするように素早く撃った。大きく開いた袖で狙いにくかったが、見事に腕を押さえながらよろけた。だが操られている身であるため、すぐに近寄ってくる。跳ぶと同時に体をできるだけ縮こませると男性同士で衝突した。
だいぶ速く突進したようで、額から少量の血を流しながら気絶してしまった。もう動かすことはできないだろう。真正面から向き合うと影狼は人型になった。今倒したばかりの男性と同じ姿だ。優しそうな声からは下衆な考えが出た。
「俺を倒すなら条件がある」
「害獣が人様の真似をするか」
震え上がるようないづみの表情に思わず足が一歩下がるのを感じながらも、影狼は話を続けた。
「お前、弾はあと何発ある?」
「……二発だ」
「違う、その袋に入ったのも含めてだ」
そう言って、いづみのズボンに付いたベルトの袋を指さした。確かにここにはいつも予備の弾が入っている。動いたときの音で気づいたのだろうか。袋を開けて確認すると、ざっと三十発分は入っていた。
「……三十発だ」
「ほう……それなら賭けをしよう」
説明を聞いているその顔はたちまち崩れていった。
みゆきは佩刀を腰の横で押さえながら内裏の中を駆け回っていた。影狼の動きは早かったと言え不規則だった。まだ影狼には操られていないだろうと考えてなおさら急いだ。ふと、右手に持っていた桶を丁寧に置いた。廂があったのだ。誰も座っていないはずだが、人影が見えた。
息を大きく吸い、刀を抜くと和歌を唱えた。
『小倉山 峰のもみぢ葉 心あらば』
頭と思われる部分に切りかかって寸止めすると、それは間違いなくさっき見た男性だった。だが手元を見ると汚れている。目線を下に移すと、雅な着物を着た女性が息を荒くしながら目を合わせてきた。何重にも重ねられた着物からでもわかるひっかき傷、そこから広がる血。思わず叫びそうになるのを押さえながらもう一度ひっかこうとする手を掴んだ。腹を押さえながら女性はみゆきの後ろに隠れる。
刃を鞘にしまい、女性を抱えると背を向けて逃げた。いろいろな意味で驚きの表情をしている女性に構わず話しかけた。
「大丈夫ですか?」
「は、はい!」
どうやら局にいたところに入ってきて必死に逃げ回っていたら廂で転んでしまい、傷を負ったらしい。案内してもらい、局の前で降ろすとパーカーの裾をちぎって腹に当てた。徐々に止まってきているのを見て安心しながら、向かってくる足音に気が付く。
急いで隠れさせると、変わらず鬼の形相で止まった。奇声を一つあげると襲い掛かってきたのにしゃがんで足を狙う。体勢が少し揺らいだがすぐに立て直され、大きく口を開ける。刀を噛ませて腹に蹴りを入れた。数メートルは吹っ飛ばされたのにすぐに立ち上がって近づいてきた。遅かった。もう、この男性は操られている。
とはいえ、この広くも隠れる場所の少ない内裏のどこに隠れたというのだろうか。また刀を構えるが、それ以前に背中にじわりと広がるものを感じた。続いて痛みが来る。後ろを向くと、違う男性が鋭い爪を立てながら笑っていた。体をねじって見ると背中に傷がついている。だが、みゆきは気にせずその男性の首元に鞘を当てた。
確かに、傷はついている。だがよく見ると擦り傷程度ではないか。その屋根の上で焦る息の音がした。
「良かった……。やっぱり前もって能力を発動させておくと楽ですね!」
みゆきの句能力:肉体的ダメージの軽減
いつもの元気な笑みに、思わず影狼は屋根から飛び降りた。




