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第八十二句

「何が起きているんだ!」

 博士に今まであったことを連絡すると訪れたのは、部屋番号004――高嶺(たかね)の部屋だった。百人一首の知識に長けている彼なら何かわかるだろうと思ったからだ。話を聞いた高嶺はパソコンの画面の前で『源宗于』の名目を開きながら顎に手を置く。しばらく考えると椅子を半回転させて二人の方を向いた。


「あぁ、確かにそうだ。宗于の逸話には宇多(うだ)天皇……(ゆき)さんの主の息子に官位を上げるよう手紙を送ったというのがある」

「やっぱり……!」

「だが、()()()()


 顔を合わせて笑った二人だったが、高嶺の後付けで頭の上にはてなマークが浮かぶ。ちゃんと逸話に出てきた和歌も能力として使われており、言動の筋は通っている。


「でも、宇多天皇に歌の意味が通じなくてそのまま無視されたって話っすよね。恨むのは当然じゃないんすか?」

「確かに恨んでいたとは思う。だが、()()()()()()()()んだ。本人と冬君には悪いが、この話は傍から見たら笑い話に近い。亡くなってから亡霊として宇多天皇を襲った、とかいう事実が書かれていない以上あんなに強い力を君に付ける訳がわからないんだ」

「確かに……そうですね」


 確かにれっきとした笑い話とは程遠いが、恨むのならそれ相応の逸話が残っているに違いない。だが話は『手紙の内容を理解してもらえなかった』だけで終わっている。あとのことは高嶺が調べて報告してくれるらしい。安心しながら部屋を出た。


 ドアが閉まる音が聞こえると、高嶺は顔を険しくして親指の爪を噛んだ。怒りを抑えきれない様子で画面とにらめっこをした。


(あぁ、本当に忌々しい。古くから言われてきた話を勝手に拡張しやがって……!)


 別の資料を開く。そこにはいつも通り大量の文字の羅列がちりばめられていた。どれも影狼や戦いに関する事ばかりだ。


(それまでして何が目的だ。影狼ども)


 爪を噛みちぎり、パソコンを閉じた。





 帰ってくると、机でカードゲームをしている二人組が一斉にこちらを向いた。それぞれが個性的な外見をしている。最初に話しかけたのは筋肉質でUVカットと思われる青いサングラスをかけた男性だった。


「おっ、二人ともお疲れちゃん」


通称:白菊(しらぎく)

管理番号:029

主:凡河内躬恒(おおしこうちのみつね)


 隣に座っていた、所々につぎはぎの見える服を着た少年が一生懸命に手を伸ばしてその肩を叩いた。我に返ると手元のカードに目を向けて慌てて場に出した。


「もうっ!白菊の番だって何回言ったと思ってんだよ!」


通称:(あかつき)

管理番号:030

主:壬生忠岑(みぶのただみね)


「まぁまぁ暁、そんなに怒るなよぉ」


 椅子に座っているが足が届かず、退屈そうに揺らしていると手札がなくなったようで立ち上がった。


「よっしゃ!俺勝ったから、ジュース奢れよ!」

「はいはい」


 同時に立ち上がると、左耳に雫のイヤリングをした軍服もどきの服装をした者、いづみが部屋に入って来た。さっきまでバラバラに活動していた皆が一斉にいづみに飛びつく。それでもなお冷静な対応で話を聞いた。


「ねぇねぇいづみさん!俺、白菊に勝ったんだ!」

「すごいじゃないか。これで確か……五百二十一勝だろう?」

「いづみさんどこにいたんすか?」

「あぁ、ちょっと友人と話していてね……」


 第一印象だと怖がられがちな彼だが、いつでも相談に乗ってくれる。しかも結構鋭い指摘をくれるので皆に頼りにされているのだ。話していると再び扉があき、大きな買い物袋を持った青年が丁寧にお辞儀をしてから台所へ向かった。右だけ三つ編みをしており、裏側に紅葉柄の見えるパーカーを羽織っている。


 白菊が、有明と冬が怪我をしているのを見つけて『医者』の所へ行くと言って解散すると、いづみの電話が鳴った。


『もしもし』

「はい、仕事ですか?」

『そう、いづみ君に行ってほしくて』

「ペアはあの子でいいんですね」


 そう言って台所に目を向ける。


『そう。……あんな報告があった後だけど、二人ならやってくれると思ってね』


 あんな報告とは、冬が影狼に噛まれて暴れた事だろう。いつも以上に気を引き締めながら、台所にいる青年に話しかけた。ちょうど冷蔵庫に買ったものをしまったところだった。目が合った途端明るい笑顔で駆け寄ってくる。


「いづみさん!」

「仕事が入った。準備をしよう、()()()()


 みゆきと呼ばれたその少年は右手を挙げて敬礼した。


「はいっ!」


通称:みゆき

管理番号:026

主:藤原忠平(ふじわらのただひら)

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