第八十一句
「そっか、やっぱりそうなんだ」
ありえない。あれほど大きな崩落から逃げたというのか。能力がどれほどのものかがわかる。その後ろには先ほど自分が攻撃に使った瓦礫の大群が浮かんでいた。空中で歩きながら近づいてくるのに地面と足をこすりながら下がっていく。
有明には最大の弱点がある。それは、『明確な武器を持っていない』ことだ。能力のおかげでそこらにあるものを何でも武器として使える彼の能力だが、触れた者の形やもともとの特徴によって判断される武器は違う。木の枝は刀、瓦礫は爆弾、水筒は銃、なんかが多い。それに備えるためそれぞれの練習が必要だったのだ。能力に甘えすぎているとはいえ、最初の頃は一つ覚えるだけでも精いっぱいだった。
生憎、ここの道は木が一本もなく塵一つ無いほどきれいに整備されている。瓦礫が投げられるとさっきのように手を構えるでもなく逃げ出した。また目の前で爆発が起きたとして、それは何発にも連続して起こるだろう。自分の体に刺さることは当然のことだがそれはさっきの何倍にもなるだろう。攻撃はできるがさっきと同じ手を取ったも重力操作で止められるだけ。被害を受けるのは有明だけになる。
(かっこ悪いけど、ここは一旦引かせてもらうっすよ!)
とはいえあまり体力が残っていない。建物を片手で伝い伝いに触れて支えにしながらなんとか塀の角を曲がって座り込むと、いきなり建物が持ち上がった。一つだけではない。一帯にあるもの全てが、今まで寝ていたのを起こされたように空を覆うくらいで止まった。
「隠れているつもりか?ならば、その隠れ場所すらも味方に付ければいい」
目が合ってしまった必死に腹を抱えて逃げる上からはタイミングを見計らって大量の建物が落ちてきた。地面にくぼみができるほど圧をかけられている。つぶされようものなら助かる可能性は少ない。腹や背中の血は固まってきたが、服まで染み込んでいた。壁に震える手を置き、また角を目指した。もう少し
で着きそうなとき、強風が正面から吹いてきた。
何件もの家が連なって通路を塞ぐ。跳ぶにしても体力と時間が削られるだろう。大人しく振り向いて憎らしい目を覗き込む。「嘲笑」の二文字では完結できないほど複雑な感情の混ざった顔を見いていると、再び得意げに話し始めた。
「怖気づいたかい……それでいい。それがいい!このまま私に満足な官位を与えなかった己を恨むがいいのだ!」
その時だ。今までの何倍もの速さでいくつもの瓦礫が冬の背面全体に刺さる。いきなりのことで能力を使えないまま真っ逆さまに落ちた。塀の中全体を囲むほど大きく、濁った霧の中で見えたのは有明の沓だった。何とか上半身を起こし、あきれたような表情が見えると有明は話し始めた。
「まだ気づいてないんすか」
「……何のことだ」
「俺はここに来るまで、どれくらいの建物を触ったでしょうか?」
思い出してみると、体を支えるためにほとんどの壁に触れていた。そして能力の発動条件は触れること――これなら説明がつく。
「アンタはそこにあるものの重力しか操れない。ということは実質、前もって触っていたら重力がかかっていようが活用できることになるんすよ。いままで瓦礫を動かせていたのはその瓦礫をつくったのが俺だから」
「なるほど……私が建物を落としていなくても、お前は爆発させることができたということか……」
がっくりと肩を落とした。と思いきや、高らかに笑い始める。その光景を不気味そうに見ていたが、やがて目元に付いた少量の涙を拭いて言う。
「あー!面白い奴だ!……だが、お前はここに来た時点で負けている。今我が身に刺さっているものだけでも使えば――」
「五月蝿い!」
それはいつもの冬の声だった。弱々しいが、はっきりした声で叫ぶ。左手を目元に当てるとそこからだんだんと肌が白くなっていった。
「僕の体を冬眠状態にします。毒を抜いたら、引きずるでも何でもいいので館に戻りましょう」
「あぁ……」
「すいません……頼りなくて……」
ポイズンリムーバーで毒を抜き、コートのポケットから姿見の鍵を見つけると丁寧におぶってそこまで運んだ。有明の顔は、最後まで戦い切った者に送る儚い笑顔をしていた。