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第八十句

「新しい記録が出ました!」

(なんだ……あの和歌(うた)⁉)


 百人一首の中にも見当たらない和歌が唱えられる。なにより、もう冬には触れたものを冬眠させるという能力があるのだ。冬が手を伸ばし、下に勢いよく動かすと有明はその場で倒れこんだ。何かが乗って体が動かない。力ずくで背中を見ても何も乗っていなかった。手が下がるたびにそれが大きくなって動けないどころか潰れそうになった。これが、この和歌の能力なんだろうか。


冬の句能力?:重力操作


 ふと、今まで空いていた左手がそれを押さえて上げ始めた。徐々に軽くなっていくと同時に右手の力が強くなっていく。まだ意識は残っているようだ。匍匐(ほふく)前進のようにして近づくと片手で地面を掴み、少量の砂を持った。


 飛距離は短かったがそれは見える範囲すべてに広がり、煙幕弾としてはかなりの上出来だ。目を塞ぐために手が上に行ったのを見てすぐさま立ち上がると、砂が目に入らないようにゆっくり歩きながら建物の間に入った。


 しばらくして、煙が晴れたと思うとそこに冬の姿はなかった。あたりを見回してもどこにもいない。逃げてしまったかと考えたが、あんなに強い能力を持っておいてわかりやすく逃げる者がいるのだろうかと思った。だがいつまで経っても出てこない。様子を見に行こうと足を踏み出したその時だ。


「見ぃつけたぁ」


 逆さ吊りで合わさった顔に腰を抜かす。糸も何もないのに浮き、上下反対になっている冬がいたのだ。ゆっくり着地すると王のような風格を身にまとったままこちらに近づいてくる。おかれていたバケツやらほうきやらに触れて時間稼ぎを試みたが、すべて彼の思い通りに跳ね返される。とうとう壁に追い詰められた。


 この感覚は知っている。ボールを連続で蹴り続けられた新記録が取れそうな直前の、あの緊張感だ。だが今はそれが何倍にも拡張されている。これは単なる緊張ではない。死ぬかもしれないという恐怖だ。


「哀れだな。だが、私の悲しみに――苦しみに比べたらこんなものは無傷も同然だ!」


 向けられた手に不器用な笑みで返すと壁に触れた。この壁は二つの建物と()()()()()()。さっきの塀と同じになるなら、予想はつく。触れた場所から大きなキレるが入り、あっという間に二つの建物全体に広まった。最初は小さなかけらから始まってだんだんと大きくなっていった。


 ついには、大きな瓦礫が頭に衝突する――直前に止まり、頭の上で浮いていた。やはりそれにはあらがえない。後ろに引いた手の人差し指を有明の頭に指す。軽石かのように投げられた。こちらも両手の平を出して触ると砂ぼこりと共に粉砕され、破片が所々に刺さった。腹よりも目立った痛みではないので耐えられると思ったが、微かに煙の中から破片が飛んできた。ギリギリのところで避けると、正面には目だけが光って見える。


「やはり、一発でとらえるのは難しいか。まぁいい、この体が許す限りは私は全てを操れる!次こそは……」


 うっすらとコートの袖が見え、それを広げると冬の姿が現れた。軽石が刺さって血の出た跡が数か所あるが、どこにも見当たらない。先ほど壁に刺さった石を見ると少量の血液が付いていた。能力で軽石を取り、それを有明に向かって投げたのだ。


 逃げ場がなくなったかと思ったが、二つの建物の地面に近い亀裂が大きくなっていることに気が付いた。耳を研ぎ澄まし、視界が少しだけ暗くなった時だ。さっきよりも大きく崩壊した。瓦礫が来る前に壁を掴み、反対側の通路に逃げた。すっかり埋まってしまった通路を横目に最初にいた道まで駆け込んで塀に手をつき、息を整えた。


 冬は大丈夫だろうか。影人として倒せたとしても、怪我を負うのは本人だ。早く瓦礫の中を探して助けなければ。そう思って前を向いた瞬間だ。


「あんな攻撃で助からないとでも思ったか?」


 頭の中が真っ白になりながら、傷一つ負っていない顔を見つめていた。

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