第七十七句
「僕は不幸だ」
あれから冬は約三十分ぶっ通しで質問を受けた。後ろにも別の警備が何人かいたが呆れたような顔をしていた。怪しいと思ったらああやって問い詰めてくるのだろうか。正義感の強い人だと思いつつ最終的に『外国からの大使』と言ってごまかしたらさっきの態度は豹変して頭を深々下げられて丁寧に見送りまでされた。
有明がこんな面倒なことに巻き込まれなかったのは逆に自分の運がいいからかもしれない。と静かに流れる雲を見ながら考えた。視線を落とすと先ほどと変わらない景色が広がっていたが、明らかに違うところがあった。人が一人も見当たらないのだ。さっきまで祭かというほどににぎやかだったのに、今はそれが嘘だったようにがらりとしている。
とにかく人がいないか探そうと、とりあえず目に入った道に沿って走る。一刻も早く人を、できれば有明を見つけて影狼に備えたい。がむしゃらに走っているとようやく人を見つけた。背中を向けていて顔はわからないが背格好で男性だとわかる。安心しながら近づいて肩を叩くと振り向かれた顔は怪訝そうな顔をしていた。それに牙があり、口が人ではないくらい大きい――。
「影人っ⁉」
左から来た手のひらを体を反らせて避けると距離を取って右の袖から腕一本ほどの長さをした杖が出てきてそれを口に噛ませた。噛み砕くにも滑りやすいのでできない。軽く引っ張ると鞘だけが残り、中から刀身が出てきた。その銀色は太陽の光を受けてさらに輝いている。男性の肩に乗って持ち手を強く背中に当てると、そのままの体勢で倒れた。いかにも高価そうな衣に付いた毒を見つけ、ポイズンリムーバーを使うと近くの木に寝かせて移動する。
よく見ると建物の中でうずくまっている人々が見える。もしや影狼の存在を知って避難をしたのだろうか。影狼も影人も人に化けて静かに仲間を増やせばいい。誰かがそれを気づかせたのだ。そんなことができるのは有明しかいないだろう。事態が深刻になる前に合流したい。前を向いた瞬間――また転んでしまった。
影狼は一瞬戸惑った表情をしたものの、すぐに影人を動かして肩を掴まれた。爪が食い込む。服が破れ、深い傷が出来上がりながらも前に進んで槍をまっすぐに突き刺す。避けられて前のめりになったのと同時に槍が噛み砕かれた。有明の表情は少し歪んでいた。すぐに刃の付いた方を取って投げるが建物の壁に刺さった。もう取り戻すことはできないだろう。それがわかると一目散に逃げだした。
すかさず追いかけるが逃げた方向に目線が行ったときにはもう見えなくなっていた。だが幸いなことに、見る限りこの道に曲がり角はない。一本道だ。影狼は建物の屋根に上り、高いところから影人を操作した。
建物の影でよいものを見つけた有明は通り過ぎていく影人を見た。それを待っていたかのように目を輝かせて建物の隙間から飛び出ると大声で叫んだ。
「おーい!ここっすよーっ!」
当然、影狼は振り向いて走って来た。楽しそうに目を向けているのは膝で蹴っている毬だった。一度高く上げて頭に乗せると、それを落として勢いよく蹴った。まっすぐに飛び込んできた毬が腹に向かって飛び込んできたかと思うと、体に触れた瞬間大きな音を出して爆発した。規模は小さかったがそれでも間近に受けると衝撃は大きい。服をボロボロにしながら、その場で倒れた。
元々と気づいていたのか、屋根でその様子を見ていた影狼と目を合わせて笑った。
「俺の能力、覚えてないっすか?触れたものは何でも武器にできる。便利っすよね」
一度姿を消したかと思うと大量の毬を抱えて戻って来た。次の瞬間、さっきよりも力が増しながら毬を蹴ってくる。屋根に当たると周辺の瓦が落ちてくるほどだ。爆発音が隣で鳴りながら、影狼は屋根を伝って走り回った。
だが、とうとう建物の端に来ると体力がほぼなくなった。降りるにしてもこの高さからは絶対に怪我をする。決断をする前に顔の横に鮮やかな模様の毬が当たり、爆発するとともに屋根から落ちた。その様子を、有明は額の汗を拭きながら見ていた。




