第七十二句
「うまくいったようだね」
さっそく真下にいた影狼を一刺しする。悲鳴もなく消えていくのを見て、垂直に刺さった槍を伝って降りた。一度に襲い掛かってくるのをすらすら避けるのと同時に影人の背中を柄の先端で突いた。残りが追いかけてくるのを勢いをつけて木に足の裏を付けて一回転するとやり投げの姿勢をとって思いっきり突き落とす。その側にいた影人の頭を思いっきり踏んでクッション代わりにすると華麗に着地した。
少年は声には出していないがしっかり口を開いて数を数え続けている。地面から抜いた槍で向かってきた牙を止め、その上に軽々と乗っかると背面に来るよう着地しながら首筋に手の側面を当てた。口から離され、二人の影人は前に倒れた。
(全員体格の良い者だけ狙ったのは、威圧感を出してこちらにプレッシャーを与えるためだ。だけど、わかった以上怖いなんて思わない)
冷静かつ大胆な判断で片づけていく様に誰も目が追い付けない。とうとう残りは影人と影狼が一人ずつだ。警戒されないように近づいていくが、やはり影狼の目にはごまかせない。一目散にばらけていくのに焦りながらも槍を膝で二つに折り、刃のほうを影狼に、柄のほうを影人に向ける。手を胸の前でクロスさせてそれを開くように投げると綺麗に命中した。
静かに木の上へ戻ると、肩をポンポン叩く。驚いた表情でこちらを見てくる少年に錦は例の質問をした。
「いくつだった?」
「……六十二です」
「うーん、ちょっと遅かった?」
さっきまでこちらをにらんでいた大量の化け物が、一人の手によってあっという間に消え去ったのだ。驚かないはずがない。木から降りて槍を拾った。だいぶ派手な折られ方をしていて修復はできないだろう。拾えた部分だけしまうと森の出口へ歩き始めた。
さっきより嫌な気配は消えた。だが、まだ何か残っているような気がする。
「……早く行きなよ」
少年は家が見えるというのに一向に森を出ようとしなかった。
「いいえ、まだ、あの化け物がいるような気がするんです」
「怒られるのは君でしょ?」
「わかってます。でも、貴方を一人にしたらなんだか心配なんです。……さっきまでの私みたいに」
また一人で自分を探しに行って危険な目に合ったらと思い、承諾した。また二人は、森の奥へ姿を消していった。
足を進めていくうちに影狼の気配が濃くなった。先に何かが見える、近づくとそれは人だということがわかった。髪を綺麗にまとめており、桜のかんざしを付けている。その顔を見ると誰かわかったような気がした。
「……タエさん?」
少年は近づいていくが、うっすらと赤い目をしているのが分かった。急いで止めに行こうとしたところで後ろから影狼が飛び出してくる。少年は足を止めて恐怖の表情を浮かべながら錦に突進していった。腹に力をかけられ、身体をくの字にしながら腰を落とすと頭を上を影狼がギリギリで通過していった。
立ち上がるとそこにタエはおらず、代わりに影狼が二匹いる。その目はこちらに向いていたが、錦よりは少しずれている気がした。まさかと思い、少年の前に行こうとしたがすくうように影狼が首元の服を掴んで人に化け、後ろにあった木の枝に引っ掛けた。襟をつかみながらじたばたしているのを見て怒りがたまっていく。
だが、槍はほとんど使えない状態だ。近くの木にゆっくり触れると和歌を唱えた。
『この度は 幣もとりあへず 手向山』
木はたちまち立派な槍へ変わった。地面を強く蹴って飛び出すと二匹の影狼の中央に立った。一周するように振ると軽いかすり傷がつけられた。動きが躊躇されたところで腹に向かってまっすぐ槍を刺した。あまりの強さに貫通しながら木まで飛ぶ。左から来たもう一匹を第二関節で突き落とし、膝を曲げるとその左にきた瞬間に足を出して蹴った。また来るかもしれないが、その前に少年だ。木から降ろして煤を払うと、さっきと同様驚いた表情をしていた。
「あれはなんですか⁉」
「え?能力だけど」
錦の句能力:なくなった物の代わりを作成




