第七十句
「私は無実だ!」
他の三つの家も訪ねると、香りまではしないが香炉が置いてあった。どれも部屋の前においてあり、開けると布団が置いてある。タエが好意を利用したのなら、寝室に誘導された際に気絶させるでもしてから移動させればよいだろう。だがこの考え方でもどうやって移動させたかがわからない。
(協力者がいた?でも動機が分からない以上、何も言えない)
話を聞く限りいたって普通の商人だ。恨むようなことがあったとしても、あれだけ情報が出回るほど名が知れているのだからすぐにわかるだろう。少年は部屋を隅々まで調べた後に首を傾げた。
「なんで寝室に香炉を置かないんでしょうか」
「え?」
「だって、どの家も寝室の前に香炉が置いてあるでしょう?置くなら、普通は寝室の中で香を焚きますよね」
子供っぽい口調で言われたのは、なかなかに筋の通った推理だ。もしそうなら、香炉は意図してここに置かれたことになる。タエ本人がやるのなら不審がられない。
それが分かったところで最後の家を後にすると、もう一度今回の被害者の家に戻った。検非違使はもう撤収していて、扉の前に見張りがいるだけだった。半ば強引に許可を取って入るとはじめより香りが薄くなっており、すべて香炉の中で灰になっていた。
後ろから足音が近づいてきた。検非違使にばれてしまっただろうか。少し怖くなりながらも振り返ると――最初にタエについての情報をくれた女性がいた。少年はだいぶ驚いたらしく服が掴まれる。
「あぁ、まだ調べてたのね」
「はい。どうかされたんですか?」
それを聞くと何かそわそわし始め、息を吸ってから話し始めた。
「あ、あのね、実はここで見たんだよ。……タエちゃんの姿」
二人で目を見合わせると、互いにあんぐりと口を開けていた。女性の話曰く発見される半刻まえくらいだったとか。香の焚き始めの時間と合う。
「どこで?」
「ちょうどこの家から出るところだよ。声をかけようか迷ったけど目を離したらいつの間にかいなくて……」
きっと犯行の後だ。だが、一人で家から出てきたという。男性を先に出してからもう一度家に来たのだろうか。それなら香炉をあの絶妙な位置に置ける。女性は用事があるということでそれ以降は聞けなかったが、大きな収穫を得られた。これで大体の真相が見えてきたのでそこら辺にあった枝を使って時系列を地面に書いた。
三日前 タエ行方不明
二日前〜 行方不明者が立て続けに出る
発見の半刻前 女性がタエを見る(おそらく香を焚きにきた)
昼頃 男性が行方不明だということが判明する
ここまでまとめたときに、まだわかっていないことが多いと感じた。そろそろ日が暮れるとなったとき、町がざわざわしてきたことに気が付いた。なんということだろう、皆に囲まれていたのは、背の高く力士のように大きな体つきの男性達ではないか。周りからは心配の声が聞こえる。
「まさか――」
「行方不明者が見つかった⁉」
所々に怪我があるため、手当てをしてから家に帰そうという流れになり連れていかれた。少年は人ごみの中に紛れていたのを戻ってきた。
「近くの古い森で棒立ちしていたそうです」
「そんな見つかりやすいところにいたの⁉」
あっけなく見つかった。だがこれで解決だ。もうあたりはすっかり夜なので少年は家に帰ると言って別れた。一人家の中に残った錦は顎に手を置いて考える。
(最初からただの手違いだった?それにしては変だ。これも犯人の戦略だとしたら……)
タエは男性の家に入り、寝室に誘われる。気絶させるでもした後に森に移動させて香を焚く。自然と犯行状況を再現するように寝室に入っていった。ここだけ香りがしないから障子を閉めたのだろう。そして、布団をめくる――と、そこには血痕があった。仰向けに寝るとしたらちょうど右肩の位置だ。
(――影狼?)
影狼がやったとして、今までの状況を整理すると説明がつく。それと同時に背中を震わせながら家を飛び出した。




