第六十七句
「貴方だけが私の味方……」
ひと段落ついたかと思ったが、淵の肩に軽く触れた手があった。後ろを向いて遮ると影狼は倒れた人々を踏んで足元に向かって口を開いてきた。体を越えて後ろに回るとまた数匹の影狼が出てきた。完全に囲まれた状態になると外側にいたつくしに目を向けた。なんとなく腹が立つような笑顔で返されると、それを防ぐように影狼が視界に入ってきた。
ケインで払うと後ろを向き、後ろからの攻撃をされないよう影狼をすべて視界に入れる。その間につくしは向かいに来るよう走ると淵にばかり目が行っている影狼たちの体を斬った。一気に注目はつくしに移されるとあたかも予想していたかのように逃げ回った。木々を走り抜け、そのたびに木を切って影狼を下敷きにしていった。
だがあちらにも策略はあるらしい。木の上から落ちてきた影狼に淵のケインはいつも通り叩きつけようとする。だが、空中で少しずれると思い切り空振った。羞恥心から怒りが増してきて着地してきたばかりを狙って殴り掛かった。人に変身して今までやって来たかけ技やよけ方をそっくりそのまましてきた。頭の切れる、はっきり言ってとても嫌いなタイプだ。
他の影狼を片付けてきたつくしも参戦して刀を勢いよく振り下ろした。当たったが軽い傷だけですぐに気付かれてしゃがみながら自分のほうに返された。大惨事とならないよう木の上に逃げて幹に刺さった。だが、その木はすぐに折れてしまった。手入れを入念にしていたのが裏目に出てしまった。舌打ちしながら着地すると、いつの間にか影狼の姿はなかった。淵もあたりをきょろきょろしている。
「やめろ!」
「え――」
そう声が出たのは、淵の真後ろに影狼が立っていたからだ。もう触れそうなくらいのにまったく気配を感じられなかった。左肩に触れて動けないようにされると、どこで拾ってきたのか鋭くとがった枝を腕にめがけて刺した。ちょっとでも動かしたら腕が取れそうなくらいに痛む。これで完全に腕が使えなくなった。
その状況でも容赦なく、影狼は姿を戻して追いかけてきた。狙うはやはり、毒を入れることだ。つくしも混ざろうとしたがあまりの速さについていけない。
(クソッ、どうやったら……)
木に背中を強く打って、走っていた時と同じ速度で突進してきたのを見て自然に片手を蔦へ変身させていた。腹を縛って自分のほうに持っていくと刀を素早く右から左へ移動させる。だが、さっきと同様すぐに避けられるのに加えて大きい武器なので一振りの準備に時間がかかる。近づいても見たが決して間合いに入らせないようにしていた。
刀を背中側に持ってきた途端、逆に間合いに入られた。頭突きをされただけだが、骨に食い入るようだ。そのまま倒れて上に乗られると、何本にも連なる牙で空が隠された。だが目線はその先にある。淵がいたのだ。膝を曲げて体を丸め、両足で影狼の腹を蹴った。宙に浮いている間に体一つ分横に転がり、左腕を伸ばした。蔦が淵の両腕全体に絡まった。
「どうやって動かす?」
「君に任せる」
左に払うと向かいの木まで吹っ飛ばされ、頭を強く打ちつけた。着地するとゆっくり近づいて上に蹴ると肘打ちをして再び落とした。何度か大きな咳をするともう動かなくなり、頭からさらさらと音がしながら風で消えていった。
『みをつくしても 逢はむとぞ思ふ』
影狼の腹が灰になったくらいで鍵を見つけた。多分、絶対に倒されない自信があったものに入れたのだろう。こんな戦いごときでここまでやるのかと思いつつ、町に戻って扉を開けた。戻ってきた二人があまりに怪我をしていたので、皆が震えあがったとか。
医者のもとへ行った帰り、二人は話をしていた。
「というか、なんで俺と会った時に『初対面じゃないだろ』っていったんだ?」
「……覚えてねぇのかよ」
ますますわからなくなり、頭を抱えた。その光景を見て、勝ち誇ったような笑みをしてきた。
「俺の最初の戦い、指導役みてぇのについたのがお前だったんだよ」
百人一魂は新しい者が来た時、その前に来た者が戦いのやり方を説明するというのができたばかりのときのルールだった。だが、淵はあまり覚えていないようだ。
「というか、楽しそうだったな」
「何がだよ」
つくしの顔には「疑問」の二文字が浮かんでいる。
「俺が戦っているとき、ずっと楽しそうな顔してたな」
「……さぁな」
二人の笑い方は、どことなく似ていた。




