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第六十句

「貴方に会いたい」

「立って大丈夫なんですか?」


 さっきまで苦しそうにしていたかづらを支えようと手を差し出すが、丁重に断った。銃を出して塀に当たる角度に銃口を向ける。


「僕は銃を使って足止めをします。急かしはしませんが、体力があまりないので早めに終わらせましょう」


 千々がこくりとうなずいたのを見ると、さっそく会話中に逃げようとした大工の顔の前に弾丸が通るように銃を撃った。あまりの驚きに後ろを向いて逃げようとしたが、振り向いたところで千々と目が合った。剣を使うでもなく腹に拳を突き出すともたれかかってきた。


 かづらにも近づいてきた。もう逃げるなんて選択肢はなく、額に銃口を当てて動きを止めると押し出すように蹴り、バランスを崩したのに腕をつかんでなぎ倒した。能力を解除しただけでだいぶ体力が戻ってきたので今なら戦えそうだ。残党の大群に入っていった。


 千々と目が合うととても驚いた顔をしていた。軽くウィンクしたのを見ると状況を理解してくれたそうで、何も言わなかった。後ろからの気配を逃さず、肘打ちをするとそれは大工の背中だった。「かはっ」というかすれ声を出しながら壁に寄りかかりながらしゃがんでいく。千々も負けじと剣を振るい、一気に二人も倒した。


 しばらく高ぶっていた二人の感情が治まるころには、もう女性しか残っていない。戦うこともせず逃げていく女性を負いかかけている途中に赤い光が壁の上に見えたかづらはその前でぴたりと止まった。


「どうして……」

「千々さん、早く女性を追ってください。僕はここにいます」


 反論しようにも時間はない。素直に従っていった千々を横目に、再度壁の上を見つめた。間違いない。影人を操っている影狼だ。気づかないはずなのに銃を構えるとその銃口は大きな口に隠され――銃に飛び込んできた影狼の下敷きになってしまった。両手を使って手の震えを押さえると、口から外される前に引き金を引いた。





 とうとう女性に追いついた。完全に逃げ場を失った女性から大きな牙と爪が見え、こちらを襲ってきた。所々に見える汗は疲れと動揺を示しているのだろう。あまりに単純な動きを避けると、首筋に手を当てて軽く気絶させた。


 合流した二人は今まで倒した影人を探し、ポイズンリムーバーで毒を抜いた後にそれぞれの家へ帰した。千々が一回大きく物音を立てて起こしそうになったが、それ以外は何ともなかった。


 鍵はかづらが撃った影狼の灰の中にあった。もちろん、村の扉と姿見の二つだ。重低音を出しながら開いた扉をゆっくり閉めた後に、姿見の南京錠に鍵を通すと光と共にいつもの禍々しい模様が浮かび上がった。


「ただいま帰りました」

「おかえりなさい」


 食卓には八つの椅子があり、そのうちの三つには誰も座っていない。一つは料理をしているふし、もう一つは夢だ。そういえば、夢の姿が見当たらない。


「夢君は?」

「あぁ、また()()だって」


 山風がため息をつきながら言った。()()とは、夢が抱えた奇妙な病気のことである。夢は動物由来のもの――肉や魚などを食べてしまうと、何やらおかしな言語を話したり奇妙な笑い方をするなど変な症状が出る。


 一定時間すぎると戻るのだが、本人には記憶がない。博士曰く「主のこと」らしい。事情は皆知っているので何も思わなかったがそれよりも気になったのは余った椅子だ。


「そういえば、ここには七人しかいないのになんで椅子が八つあるんですか?」

「お前、知らねーのか。アイツのこと」


 驚きながら長月が話しかけてきた。アイツとはいったい誰のことなんだろう。疑問に思いながらも食卓に座った。





「あーあ。つまんねーのぉ」


 その独り言は木の上から聞こえてきた。何やら長身の男性が木に座っている。目線の先には館があった。ふと見えたのは、大きなパソコンがある部屋だ。何やらスーツを着た者が暗い顔でそれとにらめっこをしている。


「ははっ。面白くなりそうだなぁ」


 舌なめずりのようなしぐさをして、木から降りていった。

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