第五十七句
「あの人よりも劣っているなんて駄目だ」
かづらは両手に銃を持つと細かく狙いを定めるでもなく撃ち始めた。大雑把に、それでいて正確だ。木の端まで追いつめられると鈍い音を立てながら落ちてきた。女性の力が少しでも緩んだことを感じると、素早く足を抜いて影狼に近づいた。
両足の感覚がなくなりながらも走ると素手でに影狼は小さく息をするだけで動こうとしなかった。今までの疲れと、少しばかりの可哀想と思う感情がありながらも頭を撃った。
「……ごめんなさい」
女性はぐったりとしていたがポイズンリムーバーで毒を抜くとだいぶ顔色が良くなった。姿見の近くに小さな村が見えたことから彼女は村の住人であることが予想できた。近くにいたら誰かが気付くかもしれないと思い、姿見に向かうことにした。
いままで倒れてこなかった木がまた傾き始めた。千々はまだ切株の近くにいるというのに、何か事情が変わったのだろうか。木が倒れていった場所にひたすらついていったが足が速く、影すらもつかめない。『時計回りに木が倒れてきている』なんて規則性に気づいても、それ以上はつかめなかった。
(あぁ、僕もすぐに考えられる頭があったらな)
そう考えるのがいつもの癖だった。だがこのまま待てもいつかは気づかれて策を練られるだろう。その前に仕留めたい。今回は影人を使っていないことは明確だ。大工の影人なんてのをを使ったならばもう少し手馴れているはずだが、それが感じられないということは影狼がノコギリを握って切っていると予想できる。大工の姿をコピーして盗んできたと思えば見当がつく。
後ろから葉を踏む音が聞こえてハッとすると二匹の影狼が左右からとびかかってきているところだった。剣を振ると反抗することもなく倒れていったが、心音がいちいち耳元に来るくらいの怖さを一瞬で感じた。毎度のことなのに緊張感が消えない。もしあそこで木を倒しに来た影狼が来ていたらどうなっていたか。
(待てよ……これは使えるかもしれない)
自分から何かすることはできない、でも、真似事は得意だ。頭の中のシュミレーションを終わらせると、再び切り株に身をひそめた。
影狼はだいぶ焦っていた。標的を見失ってしまったらこの攻撃の意味がない、と。木を切ってから標的が来るまで押さえていたが限界がきて大半が諦めてしまった。まだ残りはあるそうなので早く出てきてほしいという目で開いた場所を見つめていた。
突如としてその時は来た。「カラン」という音がしたのだ。イヤリングが見えたので、きっとそれの音だ。影狼は一鳴きしてそのことを仲間に伝えると、最初と同じように木が倒れてきた。しめたと思うが、その異変にはすぐに気付いた。逆向きに倒れているのだ。綺麗に時計向きでやるように伝えたというのに、なぜ。他の仲間は自分より左側に固まっている。
砂ぼこりが治まったので中央を見ると、そこには人ではなく剣の鞘が置いてあった。左側から足音が聞こえたので振り返ると、赤黒い血が顔についた青年が近づいてきた。木の後ろに回り、人間に変身してノコギリを向けた。すると、その青年は表情を変えずにその薄い刃を掴んでしまったのだ。血が垂れていることも気にせずに、呪文が唱えられた。
『月見れば 千々に物こそ 悲しけれ』
千々の木能力:あらゆるものの“独占”
切ろうとしてもノコギリは急に重くなって持ち上げられなくなった。左手を握って手のひらの傷を隠すようにするとさっきよりも冷たい表情で話し始めた。
「無駄だよ。それは今、僕の“所有物”だからね」
最後まで千々をにらみ続けた影狼は、あっけなく斬られた。
『わが身一つの 秋にあらねど』
ノコギリを回収し、周りに残党がいないことを確認するとかづらを探しに来た道を戻っていった。
数分前――
(時計回りに動くのならば、こちらが反時計回りに動けばいいんだ)
そうすれば、手っ取り早く鉢合わせになる。千々は早速反時計回りに、足音を立てないように移動した。影狼が苦しそうな顔で木の切り口当たりを押さえているのを見ると、剣の鞘を取り出して最初にいた場所の中央に来るよう投げた。いつもはついている鈴の音がうるさいのでしまっているのだが、今回ばかりは見方をしてくれた。
合図であろう鳴き声が聞こえると一番近くにいたものから剣で刺していった。これは速さが大事なので血が顔に散乱したが気にせず進んだ。すべての木が倒れるころには最後の影狼の目の前にいて、あまりに焦っている。今までの影狼から回収したノコギリをその場において近づいた。合った目はとても絶望しているように感じた。




