第五十五句
「風流を愛し、雅を愛する……」
高い木にはいくつもの枝が付いていて、月光を葉が遮ってできた模様が幻想的に見えた。しばらく歩いていると急にかづらが止まり、少し進んだところで千々が振り返って不思議そうにした。
「かづらさん、どうし――」
「伏せて」
急に耳に入ってきた三文字が理解できなかったが、少し遅れてしゃがむと影狼が何匹も木から降りてきた。千々はそこから抜け出せなくなって先ほどと同じくらいおどおどしている。再度目を合わせるが、「そこで待っていろ」とでも言いたげな目で返されたのでその場で縮こまった。
『名にし負はば 逢坂山の さねかづら』
勢いよく地面から出てきたのは、白い花と赤い実をつけた蔓、サネカズラだった。どこからか出てきた銃をそれらに持たせると動き始め、影狼に絡んでは銃で撃っていった。
かづらの句能力:サネカズラを操る
「千々さん、逃げてください。奥の方にもまだいるかもしれません」
「は、はい!」
時々こけそうになりながら奥に走り去っていった千々を見届けると能力に集中した。葉の隙間から見える月光が見えなかったことで違和感を感じて止まってみたが、まさかこんなにもいるとは。数十匹はいる影狼は一瞬にして蔓に締め付けられたり、追いかけられた末に頭を弾が貫通して倒れるなどして数を減らしていった。彼は自分の手を汚すことなく攻撃ができるのだ。
余裕が出てきたところで、かづらの目はまたその影をとらえた。さっきよりもゆっくりと動くのに対して蔓を早く向かわせると簡単なほどに体を掴んで引っ張った。そばに銃を持ってきたがその姿を見て一気に時が止まった感覚がした。人だ。人を掴んでしまった。きっと影狼が現れて怖くなったから木に登ってやり過ごしていたのだろう。引き金を引く一歩手前で止まると、力が抜けていった。
それと連動して蔓の掴む力も緩み、体つきの弱い男性は着地した。話しかけようとしたとき、男性はサネカズラを両手でつかんだ。何をするのかと思う前にそれをずたずたに引き裂いてしまったのだ。
「何を……!」
にたぁっと笑ってから、男性はたちまち影狼に変わった。逃げていたんじゃない。自分に気を引くために人間に化けて木の上にいたのだ。そうしていれば、かづらが気付いて影狼だと思うかもしれない。まんまと騙されてしまった。根が残っているので再生は可能だが、体力を使うのに加えて時間がかかる。
他の蔓を使って影狼を撃ったが、その顔はなんとも幸せそうだった。気味悪さを感じながら前を向くと、そこには影狼の姿ではなく質素な着物をまとった人々がいたのだ。ここらに住む農民の姿でもコピーしたのだろうか。ふと、先頭にいた男の子がつぶやいた。
「ねぇお兄さん、この中に本物の人がいるよ。だぁーれだ?」
子供の姿ながら可愛げのない言い方だ。横から撃つと表情を変えぬまま倒れて小さな影狼に戻った。この勢いに乗って行こうとして蔓をさらに伸ばしたが、さっきよりもゆっくり動いている。怖いのだ。間違って本当に人を撃ってしまったら自分はどうなってしまうのだろうか。
汗が全身から出て止まらなくなった。改めて目の前の人々を見渡したが全く見分けがつかない。とうとう目線が下へ向いてしまった。
(これだから……戦いは苦手だ。本当は、ずっと静かに暮らしたいのに)
かづらが自ら戦わないのはこの戦いという時間を一刻も早く終わらせるためである。かづらは「影狼を倒し、主を守る」という使命の百人一魂に生まれながら戦うのが苦手だった。時間もない、だがどうやって見分けたらいいのだろうか。
いつの間にか蔓は地面に戻って、残されたのは自分の両脇に置かれた銃のみだ。恐る恐るそれを取ると何かを決心したような目で正面を見た。白手袋を外して勢いよく走り出した。戦うのではなく――救うと考えればいいのだと気づいたときには足が止まらなくなっていた。
違和感を持つ者を探すのではなく、怪しい者から先に倒そうと思った。こちらを見つめる黒々とした目の中に目をつぶっている女性がいる。いつも通りの笑顔で話しかけた。
「見つけました」




