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第五十三句

「俺は自由だ!」

 引っ張られる感覚がしたと思うと派手に左半身を擦りむいた。引かれた方向を見ると影狼が刃をがっちり噛んで離さない。引っ張ろうとしたが、その衝撃でもう一つを落とした。引っ張り合いをしたがとうとう手に力が入らなくなり滑ってしまった。


 我がもの顔で睨んでくる影狼に対抗しようと後ろの短刀を取るが、いつもより冷たく感じる。見ると自分が持っていたのは刃のほうだった。あまりに焦っていたので強い力で握って手から血が出始める。丁寧に扱っていたのがここで裏目に出たか。持ち手を別の影狼が噛んでいて見事に誘導された長月は、目を見張った。


「……それはっ!」


 側面のボタンに刃が触れそうになった。だがもう止める時間はない。直後に左手からありえない痛みが広がった。手を放して転がり回った。静電気の三百倍は強い電力を使っていることなんてとうに知っていることなのにまさかこれほどとは。もう左手は麻痺して使えない。あとは右手に頼るのみだ。


 舌打ちをすると影狼の頭を掴んで軽々と持ち上げた。だらんと手を下ろして引きずりながら建物の壁の近くに向かうと投げるようにして壁にその体をぶつけた。頭に強い衝撃が加わったことで目がくらみ、目の前が見えない。手を離したことで垂直に落下したと思うと、長月のベルトが見えたあたりで膝蹴りが腹に当たった。


 気絶した影狼の足元に落ちたナイフを拾うと、後ろに振り返る。誰も近寄らせない雰囲気に足が震え、自然と後ろに下がっていく。その目がとらえたのは最初に短刀を奪った影狼だ。


 一直線に向かうと素早く避けられたが、目の前の塀を駆け上り道がなくなったところで膝をばねにし、一回転して刀を構えた。何が起きたか理解できなかった影狼の数センチ前に長月が現れ、顔の横に右手が飛び込んできた。


 返してもらったがまだ左手は動かない。口にくわえると爽快な走りで残党に近づいた。自分の荒い息がよく聞こえ、口が塞がる感覚がする。麻痺しているのでもないのに体全体に来るゾクゾクとした感触はなんだろうか。答えはすぐに出た。


(あぁ、楽しい。憎い相手に仕返しできるのが楽しい……!)


 常に口角が上がるようになってしまった。右手を狙った影狼の皮膚を壁に留め、空いた手に口の刀を持っていくとボタンを常に押しながら影狼を向かった。何とか勇気を出して襲い掛かってきても、逃げようとしても彼の敵はいなかった。その代わり、だいぶ荒い方法でやっていたので体の傷が絶えない。服はボロボロで、何回か毒の含まれていない牙で噛まれて傷ができている。


 残りわずかの時、灰になった影狼から刀を回収して腕を後ろに引いた時だ。


『あなたの自由なところはよいところです。ですが、やり方を少し変えるだけでもっとあなたの実力を出せる』


 聞きなれた、それでいて気にくわない声だ。体が止まったのを見た影狼は長月を囲んで攻撃した。我に返った時には後ろから襲い掛かってきた。


『あなたの――』


「うるさいっ!俺は俺のやり方をっ、貫くんだっ!」


 体をぐるりと回転させて、叩くように刺された影狼は倒れた。他の影狼ももう一つの短刀で流れるように刺されて一気に回りが静かになった。





 長月は疲れて足が思うように動かない。耐えながら歩くと姿見の前に山風が元気そうに立っていた。


「鍵は……」

「あったよ」


 実は、瓦の山の中に鍵を見つけていたのだ。ここから帰るのを惜しむように鍵をゆっくり回すと扉が消えて、その奇妙な渦に溶け込むように入っていった。





「長月君、ただ喧嘩したんじゃないんでしょ?」

「は?」


 唐突な質問に固まる。すっかりとけがの手当てを全身にされた長月は何も言わなかった。


「仕事が入る前に君とすれ違った時、微かに甘い匂いがした。金木犀の香りだね。こんな山奥のどこに咲いてるんだろうと思ったら麓の神社があるじゃないか。確かそこって近所の不良のたまり場なんだよね」


 目がピクリと動く。だが、まだ山風の予測は止まらなかった。


「この僕の予想が正しいなら、君は喧嘩をしたんじゃなくて助けたんじゃないのか?不良に絡まれている学生か何かを」

「……そうかもな」


 無理やり聞き出すようなことでもない。山風は、部屋の扉を閉めて去っていった。

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