第五十二句
「僕は真面目なんだ」
苦しそうな表情の二人を他人事のように、楽しみながら見ているものがいる。老人の姿に化けていた影狼だ。いよいよ山風が地面に手を当てて大きく息を吸うと、吐いた息と連動するように爆風が吹いた。その額に汗が浮かび上がってきている。もちろんこちらにも来たのだが、優しいことに建物が吹き飛ばされない程度になっていたので後ろにあった建物の壁に掴まって耐えた。
さて、そろそろだろうか。立つのも精一杯になっている彼らを噛むのは簡易なことだ。まずは山風の肩に襲い掛かった。だがもう少しの所で違う青年の低い声が鼓膜に響いた。
「っ……!噛まれる!」
「えっ」と間抜けさを感じる声を出したせいで本人も爆風に巻き込まれ、前のめりになる。もうどうしようもなく勢いで噛んだのはケープの端だ。危機一髪のところで前に転ぶのを免れた山風と、押さえる準備をしていた長月は安堵の息をついた。
こんなはずではなかったのになぜだろう。起き上がると考える前に背中から何か痛みが広がってきた。きっとこれは長月の短刀だ。気づいたころには目の前が真っ暗になった。
「なんであんなことが……」
「……俺、能力解除し忘れてたな」
別に驚くでもなく納得すると大量の影狼たちに目を向けた。二人の顔はさっきとは違う勝ち誇ったような笑みだ。
「こんな大量な影狼、僕たちには無理だよ」
「本当、負けるよな」
もう怪我なんて気にしていない。後先考えず、その集団に突っ込んでいった。
山風はBB弾を銃からすべて取り出し、左手に乗せると高く上げて風でキャッチした。素早く動くBB弾はまるで生きているようだ。周囲に散乱させると一瞬のうちに額の目の前まで現れ、頭蓋骨を貫くくらいの強さで当たってきた。必死に逃げるが、山風の視界に入っているだけでも永久についてくる。これでいつかは体力がなくなってしまうだろう。
この鬼ごっこに残ったのはたった一匹、また小さな影狼だ。やはり若いと体力があるのだろうか、と思って一度使ったBB弾をまた操作し始めた。一匹の影狼に約二十個ほど追尾させたがこれでもまだ駄目だ。銃に残っているものも撃って四方向からの攻撃をした。
だがあちらも負けてはいない。何から予測したのかはわからないが、山風の視界に入らないようにしているのだ。操っているものが視界に入らないと操作できないので、影狼の近くに行かせると弾がその場で落ちてしまう。BB弾は自分の横に置いて何か使えそうなものを探した。
(……あるじゃないか!)
目に留まったのは屋根に使われている瓦だ。何枚にも重なっており、これなら操るまでもなく風で押したら崩れ落ちるだろう。右手でピースサインを作って手の甲が見えるように手を動かすと、BB弾を含んだ風が竜巻になった。手を前に出すとだんだん大きくなりながら瓦に近づいて行っている。先ほどと変わらない強さのような気がするが、瓦は竜巻に何個も巻き込まれた。建物を通りすぎたところで風を止めるととんでもない騒音が響き、砂ぼこりが流れてきた。
近づいてみると瓦の山の中に動いていない黒い体が見えた。瓦は一つ三キログラムはある。ずいぶん大きな建物だったので千枚くらいがこの影狼に降りかかったのだろう。
「ごめんね、僕は荒らし屋……いや、嵐屋なんだ」
BB弾だけを回収し、その場を立ち去った。
「かはッ……!」
かすれた声と共に長月は膝から崩れ落ちた。手には深い切り傷があり、微かに震えている。
数分前――
山風が何匹か引き付けてくれたのでだいぶ楽になった。これなら一人でも倒せそうだ。それにしても、いつも違いがわからない影狼の大きさがまばらに感じる。これも何かの作戦なのかと思っていると腕に向かって大きく口を開いてきた。しかも両腕にいる。軽く後ろに引いて口を閉じさせると手をクロスさせて正面から刺した。ここにいると身動きがとりにくい。左側にあった壁にかけて一回転すると集団の終わりの部分に着地した。
足が付いたと思えば、突然目の前が暗くなった。




