第五十句
「なんで俺まで……」
男性にポイズンリムーバーを使って応急処置を行った。建物の良く見えるところに動かすと、何事もなかったように眠り出した。ずっと気絶状態だったのでこちらには気づいていないだろう。用は済んだ。最大の目的である長月の捜索を開始しなければ。
能力を使っていないはずなのに、また強い風が横から入ってくる。麦わら帽子を押さえながらまた探し始めた。
長月は納得がいかなかった。百人一魂の中でなぜ山風が『残念な天才』と呼ばれているのか。
(『頭のいい変人』の間違いじゃねぇのか?)
『残念な』まではわかる。ことあるごとにしょうもないことを言って場を凍らせるのはいつものことだ。彼の戦っている姿は見たことないが、そこに『天才』と呼ばれるほどの資格を持つ何かがあるのだろう。
(アイツも言ってたな、『山風さんを侮るな』って)
顔が一段と険しくなり、思わず足が止まった。はっとして意識を戻すといきなり恥ずかしいという感情がこみあげてきて早歩きで進んでいった。せっかく一人になったんだ。自由に戦いたい。楽しみだという気持ちを押さえらえずにいると、上から何かが落ちてくる気配がした。それはちょうど長月の目の前に降り立つ。
「っ――」
予想していなかった事態に悲鳴が出そうになった。その、明らかに様子のおかしい女性の後ろには何匹かの影狼がこっちを見ており状況としては最悪だ。短刀を両手に持って一旦後ろに引くとそれに引っ付くように近づいてきた。いつの間にか後ろにも影狼がいて逃げられなくなっている。
女性はふらふらしながら落ちていた刀を拾って追いかけてきた。道端に刀が落ちていたなんて虫のいい話だが、よく考えるとそこは最初に戦った場所だった。襲われそうになっていた男性が落としていてもおかしくない。そしてそこに、山風の姿はなかった。
華奢で気弱な顔ときらびやかな服装からしてお偉いさんの娘か何かだ。影狼に噛まれたとはいえ、普通の影人ならそんなに頭のいいことはしない。やはり操っているものがいる。これを倒すにはまず周りの影狼からのほうが良いだろう。今までにない速さで影狼の後ろに回り込むとボタンを押して感電させ、気絶させた。周りの影狼はびっくりするほど弱い。逃げたり避けたりできるものにもすべて石像のように止まった。なんだ、面白くないではないか。自然とやる気が薄れていった。
さて、あと二匹だ。こちらを見ながら早歩きくらいで逃げていく影狼たちにとうとう追いついた。手を挙げて刺す直前だ。耳の近くで何かが早く通り過ぎたかと思えば、肩に大きな痛みが走った。肩を押さえると同時に後ろを振り返ると女性が相変わらずの遠くを見ているような目をして、血の付いた刀を持っていた。
(……騙された。影狼たちをあえて弱くすることで先に全部倒そうと思える。そうすれば、女に目が行かないからずっと後ろを付けて倒すチャンスを多くできるのか……バカ狼にしては考えたな)
小さく舌打ちをすると和歌をつぶやいた。
『今来むと 言ひしばかりに 長月の』
血が早く流れるような音がする。仰向けになって笑いながら言った。
「参ったな……。俺は絶対、お前らに負けるよ」
その言葉をかき消すようにして女性が刀を刃が下になるように両手で持ち、振り下ろした。――が、腹の前に短刀を出して止める。それと同時に起き上がると正面から突っ込んで手当たり次第で刀を刺そうとしたが、すべて捌かれた。なるべく小回りになるように女性の後ろに行くと刀を首に当たるように構えた。
だが、これで傷つくのは影人ではない。女性だ。あと数センチしかない隙間に左手を入れるとそのまま軽く手を当てると気絶した。カーディガンを破って手の甲に刺さった刃の周りに当てると引き抜いた。怖さと痛さで出た汗が秋風で乾いていく。それを包帯代わりにまくと、目の前にまた人影が見えた。
「ははっ……。そうなるよな」
目の前にいた、先ほどと同じ女性は容赦なく刀を振った。