第四十八句
「これは僕のものだ」
午後、昼が終わって皆がリビングでゆっくりと流れる時間を過ごしていた。が、乱暴に扉が閉まる音でそれが壊れる。
「あら、お帰りなさい。長月さん」
通称:かづら
管理番号:025
主:藤原定方
最初に声をかけたのは、着崩したベストとネクタイ、所々にガラス細工の花びらが付いたゴムでお団子になっている髪と白手袋が特徴的なふわりとした雰囲気の男性。長月と呼ばれた青年は顔の傷を手で隠した。
「そんなに怪我をして、どうしたのですか?」
「……お前には関係ねぇよ」
通称:長月
管理番号:021
主:素性法師
そそくさと部屋に入ると、入れ替わるように麦わら帽子をかぶった青年がやって来た。
「長月君、またずいぶんとやったね~」
通称:山風
管理番号:022
主:文屋康秀
「根はいい子だと思うのですけどねぇ……」
「まぁ、本人にもいろいろあるんだよ。きっと内容がないようなことはないよぅ、ってね」
「……あ、はい」
場が凍ったが、本人は気にしてなさそうだ。しばらく二人で話し込んでいると携帯の音がした。かづらは携帯を取って人差し指を口に当て、静かにしてほしいというジェスチャーをした。即座に理解して同じ動きを返すと会話に入った。
「もしもし」
『かづら君、こんにちは』
「こんにちは博士。ご用件は?」
『仕事に行ってほしくてね。誰かいる?』
再度山風に目を向けると、自分と奥の自室があるところを指さした。長月のことだろう。
「僕と山風さん。あと、長月さんがいます」
博士が何か言っていたが、山風がまた何か言おうとしている。長月の部屋と自分を指さし、両手を合わせてお願いをしている。さっきよりも時間がかかったがようやく理解できた。博士の言葉を聞き取ったときにはもう切る流れだったので、急いで言葉を付け足す。
「あ、あのっ!やっぱり長月さんと山風さんにお願いしてもよいでしょうか?」
『え、あ、そのつもりで話したんだけど……』
羞恥心が一気にこみ上げ、気まずくなりながらも電話を切ると咳ばらいを一つしてから山風に聞いた。
「どうして長月さんと?」
「聞きたいことがあるんだよね~。ちゅうことで呼んでくる」
さっきから誰もいないと思えるほど静かになった自室へ様子を見に行った。かづらが一緒に来たのは「心配だから」らしいが、その言葉にはどこか含みがあるような気がした。
部屋の前まで着くと名前を呼びかけた。最初のうちは反応がなかったが、何回か呼びかけるとドサッと物が落ちるような音がしてから扉が小さく開いた。山風は顔にこそ出さなかったが内心とても驚いていた。長月がいないのだ。いや、正確には別人が前に立っていて長月の姿が見当たらなかった。
「あの……なんでしょうか」
「長月君はどこ?」
「あ、僕です」
「え゛」
明らかに見た目が違う。地味なジャージに丸いフレームの眼鏡、前髪は目にかかっておりさっきの猛獣のような目は小動物になっている。髪についているヘアピンの位置は変わらないので言われればそうだが、変身したとしか思えない。かづらのほうを向くと眉間に人差し指と親指を置いてため息をついた。
「御覧の通り、長月さんは自室にいるときは真逆な姿になるのです」
「すいませんこんな人で……」
「えぇと、とにかく仕事が入ったから準備よろしく!」
急いで準備を済ませて姿見の前へ行くと、数分後に長月がやって来た。帰ってきたときと同じ不良の姿だ。逆に安心するといつも通り話しかけた。
「長月くーん。早くいこー」
「お前に話すことはない」
ずかずかと山風を無視して姿見に吸い込まれる。引っ付くように入ると目の前には大きな門がたたずんでいた。周りを見渡すと寺がいくつか見えた。ここはきっと内裏の中なのだろう。人は見当たらず静かだが、下手な動きをすると不審者ととらえられて一発アウトだ。二人で息をひそめて歩いた。
影狼は姿はおろか、気配すら感じない。不思議に思いながらも進んでいると奥から低い悲鳴が聞こえた。急いで行くと屈強な見た目の男性たちが腰を抜かしてさらに奥を見つめていた。近づいて目線をたどると、相変わらず凶暴な顔をした影狼が牙をむいていた。
「物の怪だぁっ!」
「誰かっ!」
どこかかっこ悪さを感じるが、それよりも影狼を倒すことが先だ。山風が走ろうと構えたときにはもうすでに長月が刃こぼれのひどい短刀を両手に持ち、首のあたりに当てていた。強い力で押さえられている。側面のボタンを押すと苦しそうにもがき、すぐに倒れた。その直後に皮膚を軽く切るとその場で投げ捨てた。




