第四十六句
「出会うということは、別れるということなの」
(なんかおかしいと思った。あぁ、もう一匹を見落としていた……)
目を閉じると何かつぶやきながら倒れた。
影狼は内心満面の笑みでその場を去った。きっとすぐに夢も暴走し始めるだろう。優越感に浸りながら歩いていると急に肩を掴まれた。こんな直後になんだと思いながらも振り向くと、そこには長い髪を両方に輪でまとめ、何とも幼い顔立ちをした少年が含みのある影を持ちながら笑っていた。
「僕が君に噛まれて倒れたって?ふふっ、夢でも見たんじゃない?」
夢の句能力:現実の出来事を夢の出来事にする
現実で起きた嬉しいことを夢にするという能力だ。その代わり、自分に起きた嬉しいことも夢にしてしまう。夢は倒れる直前に上の句を唱えて能力を発動させ、影狼が夢を噛んだという事実を夢の話にしたのだ。確かに記憶は残っているはずなのに、肩の傷はどこにも見当たらない。怖くなってその場に立ち尽くしてしまい、急いで刀を振る必要もなかった。
女性は今度こそ今度こそ言ったことを守り、その場でしゃがみ込んでいた。その顔は美しいままだったが最初よりもしおらしく見える。
「大丈夫でしたか?」
「……ごめんなさい、興味本位で動いてしまって。あんなに恐ろしい妖だとは思わなかったの……」
着物は何枚にも重ねられていてわかりにくかったが、肩を押さえる手が震えている。念のためふしの所に戻ろうというと、何も言わずにこくりとうなずいた。
移動している間、女性はうつむきながら何かをつぶやいているようだった。聞こえないので内容はわからないが、よっぽどトラウマになってしまったのだろう。風に揺れる赤みがかった長髪を見つけると夢は大きく手を振った。こちらを向いた顔はフッと笑った後に「信じられない」という顔で振り返した手を止めて駆け寄ってきた。
「なぜ、貴方がここに……?」
「……すみません。つい気になって……動いてしまいました」
話を聞きながら呆れた顔をされて声が小さくなっていたが、ふしの顔は明るくなっていった。
「まったく、好奇心旺盛ですね。次からは気を付けてください」
女性はどちらかと行動するなら動いてよいことにした。だが影狼をしばらく見かけなかったので捜索するために三人で歩いていると、また遠吠えがした。
今度は後ろの方――いや、後ろだ。顔を上げ、いかにも自慢げに吠えている影狼がこちらを向いた。このままだとここら一帯にいるすべての影狼が集まってくるかもしれない。二人で女性を挟むようにして前後の警戒を強くした。影狼は攻撃するでもなく、ただ仲間が集まるのを待った。
思ったより早く、気配を隠しきれないほど大勢の影狼が来た。茂みの中で真っ暗なところとくすんだ茶色がぱっくりと境界線をつくっていることから奥にもまだいるのだろう。息をつく間もなく一気に飛び掛かってきた。
とにかく女性には絶対に触れさせないように槍や刀を振る。頭を飛び越えようとするものもいれば足に向かって大きく口を開けるものなど様々だ。倒すことはできず、どうしても避けるか止めるしかできない。深いかすり傷からは血が垂れ、破れた袖から風が入ってくる。
二人の真ん中で女性は周りを見ながらおどおどしていた。また何か余計なことをしたら二人に迷惑をかけるに決まっている。だが、明らかに苦しそうな顔をしているのを見るといてもたってもいられなくなった。ふと、夢が「あっ」と声を上げる。目に飛び込んできたのは、先ほどと変わらず凶暴な顔をした妖だった。だが、目を閉じる前に自分の勇気が右手をその方向へ出せと言うのだ。迷っている時間はない。奮い立たせるように声を張り上げた。
「やめてっ!」
手が額に触れた瞬間、周りに光が広がって影狼は茂みの奥まで吹っ飛ばされたのだ。あたりが衝撃で沈みかえり、女性は我に返ると頬を赤らめた。
「嘘⁈」
「お嬢様⁈」
開いた口が塞がらない。女性は魔法使いか何かなのだろうか?だが本人も驚いている。いったい何が起きているのだろう。
「私も協力させて」
「でも……!」
「なんだかわからないけど、これなら私も戦える」
夢と女性はふしに顔を向けた。迷った末に首を縦に振ると女性は一歩前に出た。
「さぁ、早く終わらせましょう」




