第四十二句
「私なんて……」
ここはある山奥にある大きな館。
ここでは、百人の青年たちが暮らしている。
リビングでお茶を飲んでいた天つは向かいに座っていた雪と話していた。
「そういえば、百人一首には天つさんの主の息子さんがいますけど、その方の百人一魂とはお会いしたことはあるんですか?」
手をピタッと止めると湯のみに隠れた口が笑っていることがわかった。
「ええ、ありますよ。ですが最近は顔を合わせてくれなくて困っているんですよ」
「天つさんのことが嫌いなんですか?」
「うーん、反抗期ですかね」
湯呑を机の上に置いて見せられた天つは心を見透かしてくるような目をして笑っていた。
長い髪を輪にして横にまとめている少年は、台所で長身の綺麗な男性と一緒に料理をしていた。その容貌は女性と見間違えられてもおかしくない。
「これでいいですか?」
通称:夢
管理番号:018
主:藤原敏行
「えぇ、いい調子ですよ」
通称:ふし
管理番号:019
主:伊勢
何とも平和な空間だ。切った野菜たちを煮込んでいると、携帯が鳴る音がした。ふしは夢に鍋の様子を頼んでから出た。
「もしもし」
『ふし君、今大丈夫かい?』
夢に目を向けると親指を立てて「いいよ」のポーズをしていたので笑いかける。程よく沸騰している音と良い匂いが広がってきた。
「料理をしていたのですが、もうすぐ出来上がるので大丈夫です」
気を使わせないように明るい口調で言うと携帯越しに「安堵」の声色が聞こえてきた。
『それはよかった。仕事を頼みたいんだけど、二人で行ってほしいんだ』
「それなら夢君が隣にいます。いいかな?」
恐る恐る聞いてみると大きく首が縦に振られた。気を使っている様子もないだろう。返事をして切ったころには鍋の中に美味しそうなスープが出来上がっていた。蓋をして熱が逃げないようにしてからエプロンを外し、準備を始めた。
姿見は相変わらず不規則な渦を浮かべている。少し後から来たふしは、それに目をまっすぐ向けている夢の頭に手を置く。はっとしたような顔で目を合わせた。
「あ、すいません」
「大丈夫ですよ。あまり見すぎると体調が悪くなってしまいますから」
いまだにここに入るのは慣れていない。同じような光景とはいえ背中に冷たいものがそっと触れてきたような緊張感は毎度来る。夢は気にしていなさそうなので先陣を切って中へ入り、ふしもそれを追いかけるように目をつぶりながら入る。
地面に足が付いた途端、強風が右から左へ前を通過していく。ざぁっという音がして薄く目を開けると、葦が一面に広がる静かな場所だということがわかった。真っ赤な日はもうすぐ沈みそうになり、側にある川の水面が赤黒く見えた。
しばらくそれに見とれていると、夢が肩の関節より少し下くらいに触れて目線を向かせた。腕は目いっぱい伸ばして足も背伸びをしている。
「あそこ、人が見えます。何をしているんでしょうか」
「あ、あぁ、行こうか」
突然言われたことに理解が追い付かずも、とりあえず夢が言う方へ歩いた。川のそばにいたのは、とても美しい女性だった。向かいにある葦をぼぉっと眺めていた。水面と同じくらい光を反射させている黒髪と、何枚にも重ねられていたいろいろな着物からして高貴な身分なのだろう。もうすぐ夜になってしまうし、ここにいると影狼に襲われるかもしれない。声をかけてみることにした。
「あの――」
と言いかけた途端、女性の真正面にある葦たちの中からがさがさと音がした。何だろうと思う間もなくそれは飛び掛かってきた。
「影狼!」
考える前に武器の大身槍を出して穂を口に噛ませると遠心力で少し遠くへ飛ばした。
「夢君、その人を少し遠くに避難させるんだ!」
「わかった!」
女性は慌てながらも夢と共に避難をした。すぐ戻ってきた影狼に避難が終わっていることを確認すると濡れることも構わず川に入っていく。水はとても冷たかったが、気温からして夏の終わりくらいだと思うので残暑で緩和されていた。深さもあまりなく戦闘に支障はない。
水が小さく跳ねる音を聞きながら影狼に近づき、穂を前に突き出すがまんまと右に避けられて後ろに移動をしようと川を飛び越えてすれ違った。その瞬間に体勢を変えないまま上半身を勢いよく左に向かせると、柄が腹に当たって再度茂みに落ちた。その反動で元の向きに戻し、くぼんでいるところへまっすぐに刺すとちょうど腹の真ん中で垂直に刺さっていた。
いきなり体力を使いすぎたか、その姿勢のまま下を向いて呼吸を整える。灰が風に流れて消えると武器をしまって夢のもとへ走った。
「大丈夫かい?」
「はい、怪我もありません」
安心して女性に目を移す。改めて、とても整った顔立ちだ。よく見ると目元が赤い。さっきまで泣いていたのだろうか。事情を聴く前に女性が口を開いた。
「ありがとうございます。貴方がたは……」
「えっ……と」
そういえば事情を考えていなかった。変に言ったらどうなるだろうか。考えていると夢が急いで言い出した。
「この方は異国からの使者です。僕は案内係をしています」
「そうなのね」
「あの、身分が高い方がなぜこんなところに?」
女性はしばらく暗い顔をしてから話し始めた。




