番外編:どうしても兄面の弟と弟面の兄
「まったく、これだから弟は……」
「これだから兄はなぁ……」
ちはやは自室に帰る道で、まつが座り込んでいるのに気づいた。
(あ、まつ君だ。何してるんだろう)
特に疑問に思わなかったが、前を通り過ぎても何も言わないし瞬きすらもしなかった。戸惑いながら顔の前で手を振ってみるが何も変わらない。
(……この僕が前にいても動じない⁈一体どんなこと考えてるの⁈)
ちはやは普段みんなから愛されすぎて(?)そういうことになれていなかった。しばらく隣に座っていると急にちはやのほうを向いて絶叫しながら立ち上がった。
「ち、ちはや君⁈いつからいたの⁈」
(本当に気付いてなかったんだ……)
気づいてからも震えているまつに呆れながらも、自分の隣にある床を軽くたたくとゆっくり座った。二人で姿勢を体育座りに変えるとまつは大きなため息をついた。
「どうしたの?」
「えっと、悩み事なんだけどね、僕って本当にみんなの役に立ってるのかなって」
(思ったより重い悩みだった……)
それなら自分に気づかないことは当たり前だ、なんて思いながらも傷つけないような答えを探す。まつがそんなことを思っているとは正直意外だったがちはやはそんなことないと心の底から思っていた。
「そんなことないよ。まつ君は謙虚だし、やろうと思えば一人で何でもできるじゃないか」
「そ、そうかなぁ」
あからさまにうれしそうな顔なのを見て少しイライラした気がしたが、互いに笑っている顔を見合わせながらある疑問を抱き始めた。
(あれ、まつ君の主って僕の主のお兄ちゃんだよね)
(ちはや君の主って確か……主の弟だよね)
((立場が逆だ!))
そう、まつの主である在原行平と、ちはやの主である在原業平は兄弟だ。だが弟のほうが知名度や逸話の数が圧倒的に上回っているので兄の影が薄れているのである。そこまで考えると二人はこの現状を変えようとするべく作戦を実行した。
「あ、ちはや君はなんか悩みない?何でも聞くよ!」
(よし来た。なんか悩んでること……)
「……今は大丈夫かなぁ」
「あ……うん……」
(あ゛ー!自分に自信がありすぎて悩みが思いつかない!ごめんまつ君!)
さらに空気が暗くなり、しばらく自分の中の兄弟像を出していた。
「そうだ!この前まつ君、お菓子作ってたよね!食べたいなぁ!」
(これは……弟特有のおねだりだ!)
「いいよ!でも材料がないから買いに行こう!」
「わかった、お金は僕が払うよ」
「あ、ありがとう……」
(またやってしまったっ!いつもの癖でー!)
お互いに攻防戦を繰り広げながら買い物に行くことにしたので準備を進めた。
時刻はまだお昼過ぎ、町にはたくさんの人々が買い物に来ていた。髪を高いところで結び、シャツの上にオーバーサイズなパーカーを羽織りデニム生地のズボンを着こなしている。いつもの着物姿とはうって変わってすらっとした体形がよくわかる。まつは時間がなかったので黒いサスペンダー付きのズボンと白いニットのカーディガンで済ませた。相変わらずお気に入りのキャスケットを深くかぶっている。なぜかこちらに視線が集まってきているからだ。
「まつ君、いつもそれかぶってるけどたまには外しなよ。僕とほぼ同じ顔なんだから」
「いや……あの、違くて……」
そんなことより視線が気になって仕方がない。多分これはちはやに対してだろう。冗談抜きでオーラがこちらに向かって鋭く伸びてくる。多分、本人も気づいているのだろう。必死に影を消そうと頑張っていた。
「あの人かっこいいね……」
「声かける?」
「どこから来たんだろう?」
いろんな声が飛び交っている。気にしていなさそうな素振りをしていたが、まつには明らかに照れ隠しか気づいていたらかっこ悪いだろうと思っているのかなんでもいいがそこら辺の感情に見えた。すると当然、大勢の会話の中でその声だけがはっきり聞こえた。
「弟さん?も、かわいいね」
同時に声がした方に振り向いた。確かに身長や今までの態度からしてまつが弟と間違えられるのは無理もない。だが、今二人が目指しているのは逆だと間違えられないことだ。急いでセリフを考えた。
「お兄ちゃん、見て!新しい服買ったんだ!」
「似合ってるよ!」
わざと大声で言って大衆の中から抜け出すと、息を荒くしながら店に向かった。
((危ない……))
買い物を始めてからレジに通すまで二人は何も話さなかった。たがいの気持ちはわかるが、どう声をかけたらいいかわからないからだ。夕暮れがまぶしい帰り道でようやく話そうと決心した。
「「あのっ……」」
思わず笑いそうになったが、まつが手のひらを向けて「お先にどうぞ」の意を表した。遠慮してばかりでは話が進まないのでその言葉に甘えて先に話すことにした。
「ごめんね、いろいろ迷惑かけて」
「えっ⁈そんなことないよ!」
「……やっぱり、今までが一番だね」
「そうだね」
他愛のない話ばかりをしていたらいつの間にか館についていた。他の百人一魂の話、これから作るお菓子のレシピ、そうやって笑いながら話している二人を見て、すれ違う誰もがあれは兄弟だなと感じていた。
リビングにはみんなが集まっていた。こちらを見ると何やら驚いたような顔をされる。
「お二人って顔がよく似ているんですね」
「ほんと、同じ人が二人いると思った」
「それは言いすぎだろ」
どちらが上とか、関係はない。兄弟というのは一番分かり合える家族なのだ。たとえ対照的でも通じるものはある。
「「まぁ、兄弟だからね」」
自慢げな二つの声が響いた。
月曜から、毎日投稿にしようと思います。文字数はとても少なくなりますがよろしくお願いいたします。
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