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第四十一句

(※この話に確証はありません)

 冷風に顔を撫でられて起きた雪は、いきなり立ち上がった。


「どうしたんですか雪さん?」

「紅葉君は……?」

「すいません。僕の能力で高嶺さんたちと場所を入れ替えました」


 申し訳なさそうな顔をする海人にまずいことを聞いたなと思ってゆっくり隣に座った。相変わらず姿見には南京錠がかかって動かないでいる。コートは背中にかかっていて手足に包帯が巻かれていることに気が付いた。


「ありがとう」


 よくできた笑いを浮かべるが、海人のまっすぐな目に刺されそうになった。表情が崩れ、眉間にしわが寄ってきたのがよくわかる。次の言葉がなかなか出てこない。


「僕、見ました。包帯を巻いているとき。炭、ですよね?」


 羽織の裾から小さな手が出されたが、指先には自分と同じ黒く濁ったものが付いていた。思わず立ち上がって頭を抱え、首を横に振りながら小声でつぶやく。


「違うっ……これはっ……!」


 「そんなことをして何になるんですか」なんて言われたら最悪だ。ただ自分は自分の本心を隠して周りと共に流れていればよかったと思っていただけだ。それで考えたことなのに。寒い環境の中なのに汗が止まらなかった。


「何か無理をしているのではないですか?」

「えっ……」

「そうならいつでも相談してください」


 今まで頭の中を駆け巡っていた言葉たちがすべて外に逃げていくような感覚がした。汗が引き、再び風が肌を滑っていく。心のどこかで解放されたような気持ちになると、海人の隣へ戻った。


「僕はずっと隠してきた。自分の、本当に言いたいこと。勝手なことをしたら皆にどう思われるかわからないから……。でも、今回はちゃんと自分で決められた“紅葉君を助けたい”って。……でも、結局……」


 抑えていたはずの温かい涙が頬を伝ることなく膝を濡らし、目の前が見えなくなった。


「ただの足手まといじゃないか……」

「そんなことないですよ。やらないで終わるより、一回やってみた方がいいんです。貼られたレッテルを破ろうとすることが、僕は一番勇気のいる行動だと思います」


 背中をさする海人の手がいつもより大きく感じた。溢れる涙はまだ止まらなそうだ。





 ひたすらに蔓を斬って進んでいくが再生速度がさっきの倍になってしまい、一つ斬るのにも一苦労になった。葉に顔を通られて切り傷がいくつもできたが、がむしゃらになりすぎて痛みさえ感じない。そんな時、足元に何か転がってきた。見る暇はあまりとれなかったが、それがさっき自分が持ってきた高嶺の鉄球だということに気が付いた。これで何をするんだろうと思ったが、すぐに答えは出た。


『鉄球には爆竹が入っているから……』


 高嶺の言葉を思い出したのだ。よく見るとそばにはマッチがある。すぐにやろうと決めたしだりは蔓を誘導して刀で押さえ、左手で鉄球を握る。滑らかな表面の一部には何やらくぼんだ部分があった。暗いので手の感触だけでその切り込みを確かめた。


(つるに、もたせろ……か。火をつけてからは時間がない。なるべくばれないように早く誘導させないと……)


 鉄球を一回置いてからマッチを一本箱から取り出し、口にくわえた箱の側薬(そくやく)と摩擦を起こして何とか火をつける。暗闇でわずかに見える糸に着火して気を付けながら持つと片手のふさがった状態で蔓を振り払った。なるべく感づかれないようにしなければいけない。背中に隠しながら打刀を振った。蔓は軍隊の如く綺麗に横へ並び、行進――ではなく力強く飛ばされた矢のようにこちらへ先端を向けてきた。しゃがんで先に行こうとするが後ろを見るともう一メートルもない。鉄球を腹に回したが糸の長さもあまりない。


 仕方ないとため息をつくとその場で高く跳んだ。そんなことも構わず蔓は上に伸び、こちらを追尾してくる。一本がその腕をつかんだが、それと同時に強いだりは鉄球を放した。左手に絡まったし、五本の弦たちは大きな一つの管となり、幹部である紅葉のほうへ転がっていった。急いで追いかけるが、糸は根元へと達した。


『田子の浦に うち出でてみれば 白妙の』


 木のそばで目を見張っていた高嶺が小声で能力を発動させた。


 ドカーンッと鼓膜を破りそうなほどに大きな音が森を包んだ。爆風と共に周りの木々と蔓が散り散りと舞う。紅葉の姿は砂ぼこりでしばらく見えなかったが、だんだんと険しい顔が緩んでいったのがわかった。着地したしだりは、そばまで来ていた高嶺と合流すると紅葉のほうへ向かった。


「大丈夫か」

「……」

「毒抜くからね~」


 もう攻撃はしてこないが何も言わない紅葉を心配に思いながら高嶺はポイズンリムーバーを背中に当てた。何とも言えない色だ。


「はい、オッケー」

「……紅葉」

「……ありがとうござい……ました」


 いつものへにゃッとした笑顔を二人に見せると、そのまま倒れてしまった。





 いきなり大きな音がしてから二人、いや、三人が帰ってきたのは思ったより早かった。扉の前に座っていた海人と雪が立ち上がるとおぶられている紅葉の顔を見てほっとする。


「お疲れ様です」

「早めに帰らないと。みんな心配するから」


 だが、扉の鍵は周りになどない。周りを探していると、高嶺が紅葉のポケットの中から見つけた。ボロボロの五人が帰ると、露達が姿見の前に立っていた。


「おかえり」





 二日後、腕の良い医師によって紅葉は一日で元の姿に戻って帰ってきた。だが何もしゃべろうとしないし、誰とも目を合わせようとせず部屋へ入っていった。しだりと高嶺は目を合わせると紅葉の部屋の前に行った。すすり泣く声が聞こえ、あまり反響していないことから布団か何かに顔をうずめているのだろう。高嶺が二回ノックをするとぴたりと声が止まった。


「紅葉君、大丈夫かい?」

「……はい」


 聞き取れるか聞き取れないかくらいの声量で返事が来た。普通にしゃべると泣いていたことを悟られるとでも思ったのだろう。扉を勝手に開けるわけにもいかず、二人はそこに立ち尽くした。微かに聞こえる荒い呼吸に戸惑いが増した。


「……あのっ、僕、あんなことしたのに皆さんに許されているのが……っ変だなって思って。こ、心の中ではなんて言われているかわかんなくって――」


 そんなこと思ってない――なんて言ったらさらに疑われてしまう。高嶺が頭をフル回転させているとしだりが話し始めた。


「確かに、俺は傷ついた」

「しだりさん⁈」

「でも傷ついた理由は、紅葉が自分のことを大切にしていないからだ。人に好かれたいとか、信じたいと思っている人はまず自分自身を信じて好きになっている。だからまずは自分と向き合え」


 思わず感心してしまった二人はしばらく何も話さなかった。だが、しだりは気まずそうにもせず言葉を続ける。


「俺は――俺たちはそれまで待ってるから」


 気づいたときには扉の前に置いていかれた。顔は想像できないが、きっと向こうにいる紅葉も自分と同じ顔をしているのだろう、と高嶺は思った。もう泣き声は聞こえない。紅葉は早く立ち直れそうだ。





 雪は帰って早々、全員に睨まれた。奥にいる海人はもうどうしようもできないという顔をしている。最初に話し始めたのは此のだ。


「雪さ〜ん?なんか僕たちに隠してることあるんだって?」

「お前が言うなっ」

 

 そばにいた辰巳に頭を叩かれる。意識がもうろうとしていたのか、あるいは本当に何のことかわからないのか、雪はぽかんとした顔を変えなかった。続いて子供のように頬を膨らませた花が顔を近づける。


「雪さんったらひどいです。一人で紅葉さんを助けようとするなんて!」


 はっとしておかゆを口に運ぶ手を止めてスプーンを机に置くと暗い雰囲気になって目を下に向けた。花は元の姿勢に戻り、他の者たちも耳を傾けた。


「……ごめんなさい。でも僕はみんなに迷惑をかけたくなかった。嫌われたくなかっただけなんだ」


 皆の呆れた姿を想像していて顔が上がらない。重い沈黙の中に、ちはやの透き通った声が響いた。


「何言ってるの?嫌うわけないじゃないか」

「でも……」

「僕だったら嫌いな人とは顔を合わせたくないし、話したくない。でも皆、雪さんにこうやって話してるんだよ?」


 言い方は鋭くて、心の中を見透かされているようだった。でも、言っていることはわかる。今までを振り返ると自分が馬鹿らしくなって一気にいつも来ているはずのコートやマフラーが暑苦しく感じた。


「っ……わかった。全部言う」


 上げられた顔には「恥ずかしい」の五文字が書かれている。悔しさも入り混じったその顔に全員は――笑いそうになった。


 部屋に入るとまず目に入ったのはやはり炭でできたぐちゃぐちゃだ。怖がることなく出入り口に固まる皆の方へ振り返ると掃除道具を持った天つと花が突進してきた。


「良くこんなに汚せますね!」

「本当ですよ。ほら、雪さんも手伝って!」


 わざとらしく怒ったような口調に笑いをこらえながらも、渡されたたわしを壁にこすりつけて掃除を始めた。他の者も手伝う。その間にした話は他愛のなくどこかしょうもないことばかりだったが、掃除が終わるころには雪の心も磨かれた気持ちになった。


 夕食の後、ほとんどが寝支度を済ませた中、雪の携帯が鳴る。画面上には『博士』の二文字。新しい仕事だろうかとそわそわしながらかけると、いつも通りの低い声が言った。


『遅い時間にすまないね。紅葉君について聞きたいことがあるんだけれど――』


 聞かれたのは戦ってるときの紅葉の姿だった。雪は、あまり覚えていなかった。ただ恐ろしくそこにとどまる闇そのものと言ったら一番近いだろう。用が済んだ博士はいつもより早く電話を切った。





「紅葉の様子……ですか?」


 同じく寝支度を済ませて自室にいたしだりは博士にそう聞かれた。「ちょっと待ってください」と言うと一旦部屋を出てリビングにいた高嶺を呼んだ。机に置いてスピーカーモードにすると改めて話を進めた。


「そう……ですね。最初は何も話さなくて、名前を呼んだら攻撃されました。紅葉自身は棺桶のようなものに入っていていました。そこから蔓のようなものが伸びたり皮膚を切るほど鋭い葉が飛んできたり。それくらいですかね」


 自信のなさそうに話をやめ、ちょこんと座っているしだりはいつもより小さく見えた。画面越しにわずかに聞こえるキーボードの音が鳴りやんだと思うと高嶺は急いで補足を加えた。


「あと、これは前の月君の件とも共通しているものなんですが、いつもと変わっている部分は全て黒でできていました」

『どういうこと?』


 確か、前見た月にできた角は黒でできていた。今回だってそうだ。蔓、棺桶、葉はまるで影でできたような黒色をしていた。影狼が姿を変えられるように、あの毒もその人が望む形になれるもかもしれない。


『わかった。とりあえず、月君の件も一緒に調査を続けるよ。また何かあったら連絡するから』


 電話を切るとしだりは眠そうな目をこすりながら自室に戻っていった。今日は大波乱な一日だったと高嶺はやつれ顔でため息をする。月の主は鬼となり自分を殺した者たちを探し、紅葉はしだりと同一人物であるかのようにふるまい『自分』を消そうとする。改めてとんでもないことだ。


(ん?待てよ……)


 そう思えば二人にはもう一つの共通点があった。必ず()()()()()ことだ。博士に報告しようかと携帯を手に取ったが、時間が遅いのとそんなことがわかっても何にもなんないと感じたのですぐに手を放した。


 天井を眺めながらあの森で紅葉を見た時を思い出す。確か蔓が攻撃してくる前には二本の黒い葉が茂った木があったはずだ。あそこを境界線として攻撃していたのだろう。名前や存在をほのめかすような発言で攻撃してきたが、よく考えるとそうではない時も攻撃したり顔が欠けていっていたではないか。


(……逆の発想、か?)


 攻撃するためではなく()()()()だったらどうだろう。目的を果たすために人目の付かない場所に行き、邪魔をするものがいたらどんな手を使っても排除する――。一気に眠気が覚めた。我ながら恐ろしい考え方だ。あと一歩遅れていたら、紅葉は跡形もなく壊れていただろうか。


(あー怖い、夜にこんなこと考えるんじゃなかったよ。雪さんには感謝しないとな……)


 もう誰もいないリビングの電気を消してから自室に戻り、パソコンを開いた。スタンドライトが照らす画面には“百人一首 作者記録”と書かれていた。百あるページの中から「柿本人麻呂」という題名をクリックするとすぐに画面全体を埋め尽くす文字が現れた。


(『ある評論家曰く、歌風や位が似ていることから猿丸太夫と同一人物だと言われている。だが、確証は薄い』か……。だが、これを仕掛けた犯人はそれを信じているようだな。あの中の一匹が考え付くものではない。まだ何かあるな)


 他の者たちが幸せそうに眠る中、高嶺の中に新たな疑問ができてしまった。



平安前期編 壱 《終》

番外編を挟んで平安前期編 壱はおしまいです。また投稿時間が形式が変わるかもしれませんが、作者の我儘だと思ってお付き合いください。

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