第三句
『まさか……占いごときでそんなことがわかるはずないだろ!』
数時間前――
夏来は女性の家へ行って応急処置をしていた。
「……あ」
「あっ、起きましたね」
女性は知らない少年が家の中にいて戸惑ったが、事情を説明すると何度もお礼を言っていた。
「あの、差し支えなければ教えてほしいんです。襲われたときのことを覚えてますか?」
「えぇ、お腹の子に田んぼを見せたくてちょっと外に出ていました。しばらくして、風が冷たくなってきたので家に戻ろうとしたんです」
その道中で黒い影に襲われた、と女性は話した。
「なるほど、それで近くにいた旦那さんが助けてくださったんですね」
「え? あの人って、私の夫だったんですか?」
まさかの返答に夏来は固まった。きっと、意識が遠のいて誰かわからなかったんだろうと思って話をつづける。
「はい。確かに男性はあなたのことを“自分の妻”だと言っていましたよ」
女性は何かを言おうとしているようだったが一回口を止めた。やがて、ゆっくりと話し始めた。よく見ると手が少し震えている。
「あの……実は……」
「どうされましたか?」
「夫は最近亡くなりました」
「えっ⁉」
詳しく聞くと、最近病気で亡くなったという。死人が自分の妻を助けるなんて普通ではありえないことだ。すぐに露へと電話をかけて今までの会話を聞かせた。
『なっ……そういうことか』
「そういうことって……露さん、何かわかったんですか⁉」
『うん、さっき見つけて倒した影狼に血痕がなかったからおかしいなと』
「そういうことは早く言ってくださいよ!」
『とにかく、後で合流して男性を探そう』
電話をすぐに切って女性に少し出かけるというと、快くうなずいてくれた。
家を出て一直線に林のほうへ向かっていると、さっきの男性が夏来に目線を向けて手を振る。
「あぁ、先ほどの。妻は大丈夫でしたか?」
「あなた、あの人の奥さんじゃないでしょ」
夏来は男性が少し目を開いたのを見逃さなかった。だが、調子はさっきと同じだ。
「……何を言ってるんですか?彼女は僕の妻です」
「彼女の旦那さんは最近病気で亡くなりました。死人が他の人に見える状態で人助けなんてありえません」
「きっと妻は嘘をついてるんですよ。照れ隠しかな?」
「嘘をついているのはあなたですよ。あなた、人に化けた影狼ですね?」
男性の目がくわっと開かれ、大きな牙がむき出しになった。やはり、男性は農民の姿をコピーした影狼だったのだ。隙のなく迫ってくる影狼にひるむことなく夏来は目を閉じて自分の羽織をその場に置いた。
『春すぎて 夏来にけらし 白妙の』
和歌の上の句を叫ぶと、周りの気温が一瞬で暖かくなった。だがそれは長く続かず一瞬で倒れるほどに灼熱となった。
夏来の句能力:自分の羽織がある周辺の季節を夏にする。
「あ゛あ゛あ゛あ゛!」
照りつける太陽に影狼は苦しんだが、かまうことなく夏来は出力を上げていった。
(これで少しでも体力を奪えれば……)
便利な能力と言えどそこには限界がある。夏来が限界を迎えたころ、すでに影狼は元の狼の姿に戻ってよたよたと歩いていた。
(もう……だめか……も)
「あ、夏来君」
意識が遠のいていく中、聞き覚えのある声が聞こえた。露だ。
「露さん……すいません」
「……まったく、無理はしないほうがいいよ」
露は夏来に話しかけながら影狼に近づいていく。
「忘れないでほしいよ。敵の体力を奪って時間を稼ぐのは僕の役目なんだから」
『秋の田の かりほの庵の 苫をあらみ』
露も和歌を唱えると影狼の首をつかんで目を合わせた。
「やぁ。さっきはよくも騙してくれたね」
影狼はまた苦しそうにもがき始めた。自分からどんどん体力がなくなっていくのだ。
露の句能力:触れた者と体力共有
「仲間に伝えといてくれ。僕たちの仲間に会ったら逃げた方がいいって」
『わが衣手は 露に濡れつつ』
先ほどの続きだろうか、もう一度和歌を唱えると先ほどまで力の入っていた影狼の体がだらんとなった。
「ヴ……ガァ!」
「わっ!」
影狼は露の腕を噛むふりをして林のほうに逃げて行った。
「な……露さん、手を離しちゃだめですよ!」
「君、忘れたの?君にも武器はあるだろう?」
笑顔で首を傾げた露にため息をついて、どこからか弓矢を取り出した。
「これで失敗したらあなたのせいにしますからね」
「いいよ」
キリキリと音を立てながら矢が引かれる。ふと後ろを振り向いた影狼の動きを逃さず、矢はまっすぐと飛んでいく。そして影狼はいつの間にかいなくなった。
「……終わりました」
「お疲れ様」
「……早く帰りましょうよ」
もう用事が終わったのに露はずっと立ち止まってる。
「君、能力解除し忘れてる」
「はぁ……」
『衣ほすてふ 天の香具山』
先ほどまで灼熱だった道に、秋風がまた吹き始めた。
「これで……いいですよね……」
どうやら夏来は疲れて倒れたようだ。