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第三十七句

「私が一番になるのだ!」

 ひとまず姿見の前へと戻った二人の顔は、真剣に南京錠を見つめていた。


「……ピッキングとかで何とかできないかな」

「ふふっ、面白いですね」


 笑われたことを少し恥ずかしく思いながらも、話を始めたしのぶに耳を傾けた。


「僕も前、……まぁすぐに終わりましたけど雪さんと一緒に影狼と戦った時にも鍵がかかっていました。すぐに見つけられたんですけど鍵ごと消えたんですよ。なので、仮に開けられたとしても開けた道具ごと消えてしまう可能性が高いです。諦めて鍵を探しましょう」


 少しがっかりしている淵を横目に、影狼が出そうなところを捜索し始めた。とりあえず周りにはいなそうだ。少し離れたところまで来たが影や殺気すらも感じなかった。だが、戻ろうとしていて土の色が一部違うところが見えた。近づいてみるとそこには――洋風の装飾がされた鍵がぽつりとあった。


「あった⁈」

「本当ですか!」


 もしかしたら囮かもしれない。しのぶが太刀を構えている内側でゆっくりと鍵の重さが手に伝わった。銅でできているようで、少し重たい。こうなると二人の気持ちは同じだ。全力を出して走ると、扉となった姿見が見えてきた。だがいつもと違う。下にぽっかりと黒い穴が開いているではないか。いや、違う。近くに来ているとそれは穴ではなく()()()()()()()ことがわかった。ゆらゆらと動いてこちらを見つめている。


(しまった……)

(影狼が鍵を囮にしたのか!)


 扉の前には影狼が門番のような険しい顔をしながら座っており、後ろにも何匹か顔をのぞかせていた。今までは鍵を守り、倒したら取らせるようにしていたが今回はあえて鍵を先に取らせて相手を油断させる方法をとったのだ。


 淵が素早く鍵を胸ポケットに入れると戦闘態勢に入った。影狼は今見える限り数は多くなさそうだ。自然に分担され、しのぶは左側、淵は右側にいる影狼と戦うことにした。


 しのぶは太刀を後ろに引きながら影狼のほうまで走ると、大きく振った。目の前に見えた二、三匹の影狼は四方八方にばらけてしばらく離れたところからこちらの様子をうかがった。後ろにまだ広がっている森に逃げるのは少々手間だ。だが、ほぼ全方向から睨まれている中でどうやって倒したらよいだろう。とりあえず動ける範囲が欲しいので影狼の間をするりと走り抜けてもう少し姿見から遠いところに移動した。


(今までに比べたら少数。でも、油断したら喰われる!)


 前後に何もいないことを確認すると、薄い霧が立ち込めているところでブレーキをかけて右足を軸に百八十度回転した。スカートの振動が後から来る。先ほどと変わらないような隊形にいた影狼の右側に目を付け、太刀を横に構えるとその影狼だけに集中した。周りが一斉にこちらへくる中、しのぶは頭一つ分くらいの距離を開けて宙で一回転した。偶然合った目から動揺がわかる。


 着地したところは最初のほぼ線対称の位置だ。決して間合いから引かぬように体のギリギリで足を着くと休む暇なく右手の太刀をふるった。灰になるのを見送る時間もなく残りの二匹を視界に入れる。仲間がいとも簡単にやられたのだ。悔しさがむき出しに伝わってくる。突如、左斜めにいた影狼が大きく遠吠えをした。まさか、仲間を呼ぼうとしているのではないか。不安になって思わず目を離すと一瞬にしてはいなくなっていた。


(これも作戦だったか……!)


 まんまと罠にかかったしのぶは援軍を嘘と信じて二匹を探した。やはり疑うのは木の上だ。だんだんと霧が濃くなってきた。視界が悪い状態じゃ見つけにくい。それなら、と上を見上げて一番背の高い木を見つけると服を傷つけないように素早く上った。そう、高いところから見つけようと思ったのだ。


 その他よりも少しとびぬけていた木のてっぺんまで行くと下は何も見えなかった。だが、上からなら探しやすいし影狼はこちらを見つけにくいだろう。額に手の側面を当ててあたりを見回すとそれらしい影があった。


 そちらへ行こうとスカートの裾を持ち上げたがいつもより倍近く重くなっていたことに気が付いた。木に引っ掛かったか、いや、それよりも重い。何か意図的に引っ張られているような――。下を向くと影狼がしたの枝から勢いよく引っ張っているではないか。やはり力が強い。このままではバランスをとれなくなって自分が落ちるだろう。


 それならば、と負けないくらいの力で裾を引っ張りながら目の前の枝へ移ると、今まで枝に垂直で座っていた影狼が自然と不安定な方へ向いた。顔だけ後ろを向いて右手の太刀を振った先にはスカートがあった。()()()()()()()()()のだ。すると、今までかかっていた強い力から解放されるとともに影狼が枝から落ちていく。遠くからでも鈍い音が何回も聞こえてきたので、軽くても打撲はしているだろう。もう一匹のもとへ走った。





 しのぶが離れたことを確認すると、淵は影狼に向けてケインを振った。だがすばしっこくて淵でさえ追いつけなかった。


(だめだ、疲れてきた。眠気防止剤も切れそうだな)


 スーツから錠剤を出そうと思った瞬間、影狼が真正面から飛び込んできた。焦りながらもケインを顔の前で構えて止める。そのまま腕を伸ばすと大きく弧を描いて着地していた。何もないと思ったつかの間、胸ポケットが軽く感じた。影狼のほうを向くと口元にはこの距離からでも光って見える鍵があった。ケインが止めたのは首だ。手を使って爪にうまくひっかけたと考えてもおかしくはないだろう。鍵も扉も完全に支配された淵はさっきよりも焦りながら不器用に出した錠剤を奥歯で噛み砕いた。


 ケインは手の中で上下左右へ動き回るが、なかなか当たらない。特に鍵を取った影狼はどうも歯が立たない。多分この中だとリーダー的な立場なのだろう。(らち)が明かないので鍵を持っている影狼だけに一点集中することにした。邪魔をしてくるとは思うが、それは積極的にこっちへ向かってくるというもの。淵にとっては自分から倒してくださいと言っているのと同じだ。


 周りなど気にせずにその影狼へ突進していくと、予想通り鍵を守るためにすべての影狼が盾となった。一回集中を切って正面にいた影狼に笑いかける。今更この作戦に気づいたのだろう、勢いをつけたケインが来る瞬間に逃げだしたのでもう遅い。他の影狼もなんとなく悟ったようだ。皆後ろに回って森の奥へ逃げようとする。それを見た真ん中の影狼から「なんで」と聞こえないはずの声が聞こえた。


「鍵、返せよ」


 じりじりと後ろに下がっていく大きな図体に呆れていた。今までの倍力を込めて、ケインを頭に当てた。


 他の影狼は逃げてしまったらしい。さっきまで戦場だったはずの場所に影狼の足跡すら残っていない。また探さなければと思っていると遠吠えが聞こえた。西側の、意外と近くだ。淵は深呼吸を一つすると森の中へ入っていった。





(っ……力が強い)


 もう一匹の影狼を見つけたしのぶは取っ組み合いの最中だった。たとえ影人やそれより強い奴がいても元が強いのだから難しい。木の上ならなおさらだ。太刀を横から入れようとしたら歯で止められた。弾丸と同じくらいの威力を持つこの歯にはどうあがいても敵わないだろう。引っ張って取ろうとしても無駄だ。


(ここは足場が悪い。一歩踏み間違えたら自分が落ちる)


 そこまで考えると「あっ」と口が動いた。これを利用すればよいことが思いつきそうだ。しのぶは下を見た。十メートルほどはあるだろう。


(難しいかもしれない。でも、今なら!)


 ボロボロになったスカートの裾に触れると早速取り掛かった。――自分から落ちたのだ。影狼は驚きながらも唯一の命綱である太刀を最大限の力で咥えた。耐えていたが、やはり体重はこちらの方が重い。限界に近くなっているところで太刀をゆっくりと左右に振ると、絶対に話さないという気持ちが勝って影狼と一緒に落ち始めた。


(どうせ勝つのはわかってるけど、それなら少し楽しみたいって思っちゃうんだよね)

 

 風が素早く肌にすれ違っていく感覚と共にしのぶは右足を出して影狼の脇腹を反時計回りの方向に蹴った。同時に体がうつ伏せになって上下の位置が逆転した。足を大きく開きながら太刀を柄が上向きになるように両手で持つとその体制を保ちながら落ちた。腹が上になっている影狼が着地して一秒も経たないうちに着地すると影狼の腹を貫いた。


 刺されたところから消えていくのを見送ると少し不服そうに言った。


「道に刺さっちゃった……抜けないっ」




 遠吠えがした方へ行く。何匹か集まっていたがさっきとは変わっていない。多分残党はこれで全部なんだろう。鍵も取り戻せたので本当は鍵を開けて帰っているところなんだろうがさすがに残党は見逃せない。一旦木に登って大胆に飛び降りるといういつも通りの派手な登場をした。偶然のような振る舞いにしないと納得できなかったからだ。だとしてもこの数をさばききれるかどうかはわからない。能力を使うことにした。


『筑波嶺の 峰より落つる みなの川』

 

淵の句能力:自身がしたある行動を相手のトラウマにできる


 目を閉じ、口を塞いで落ち着くとニイッと笑った。それは人間の笑い方ではない。悪魔のようだ。たちまちそれを見ていた影狼たちは震えあがり、足がその場で動かなくなる。真顔に戻って飛び出すとまだ余韻のある彼らは動き出すのが遅くなった。今までのように工夫することもなく、普段通りにケインを振るう。急いで逃げようとしていたものにはもう一度笑いかけるとたちまち弱気になる。


(それにしても便利だな。普通に笑ってるだけで敵が倒せるなんて)


 本人は普通に笑っているとしか思っていないようだが、普段笑う機会が少なく疲れで顔がこわばっているためとても怖く感じる。影狼は森に逃げることなくすべて倒すことができた。


『恋ぞ積もりて 淵となりぬる』


(さて、しのぶ君を扉の前で待ちますか)





 扉の前でちょこんと座っていたしのぶへひそかに牙を向けているものがいた。扉の真正面にいた影狼だ、いとも簡単に仲間がやられたのが悔しいのか歯をギリギリと言わせている。だが、座っていて気が抜けている今ならよい機会だ。扉の背面に音を立てずに移動すると高く跳んで二メートルはあるのを飛び越えた。しのぶを見るとすでにこちらを見ながら太刀を垂直に構えているではないか。焦りながら扉を蹴ると一目散に逃げだした。


「あっ!逃げた!」


 疲れ果てているのはわかっている。しまったとでもいうような顔を見つめていると高めの声が後ろから響いてきた。


「淵さーん!そいつ捕まえてください!」


 ゆっくりと前を向くとたった今来た淵がすぐ目の前で歩いていた。ブレーキをかけようと思ったがその前に胸や腹辺りをケインで叩かれ、高く空にあげられた。ボールの如く持ち上げられた影狼は計算されていたと思終えるほどぴったりにしのぶの目の前に来た。不慣れな手首の方向で刀身を下から上へ上げるとちょうど体の半分で灰になり始めた。


「なにあれ?」

「さぁ、わかりません」


 淵が胸ポケットから鍵を取り出すとガチャッと心地よい音を響かせて扉は姿見へと戻った。





 部屋に戻ると、まさかの来客がいた。


「貴方は……」

(つゆ)さん⁈」


 そう、露が来ていたのだ。優雅にこちらへ手を振ると、対面にいた花との話をつづけた。


「それで、ここへ来た本題は?」

「あぁ、それはね……。君たち、紅葉(もみじ)君を見なかったか」


 紅葉とは、黄葉という鹿のぬいぐるみを抱えた少年で百人一魂である。


「紅葉さんがどうしたんですか?」

「最近、行方不明になったんだ」


 行方不明という言葉に周囲がドキッとした。なぜ、どんな事情でそんなことをしたのだろうか。露の顔が真剣になった。


「それに伴ってとてもおかしいことがあってね」

「どうしたんですか?」

「いつも持ち歩いている黄葉を置いていっていたんだよ」

「それは……変ですね」


 露はそばにあった茶を一口飲むと両手を顔の前で組んだ。


高嶺(たかね)君によると、誘拐かそれ以外かもしれないって」

「そんな、誘拐なんて……」

「そうだね。だから、僕たちはこう推理したんだ。紅葉君は()()()()()()()()()。ってね」


 全員の目が見開かれた。百人一魂は噛まれると主の本性や説に則った姿になると聞いたことがあったからだ。だが、紅葉の主である猿丸太夫には何があるのだろうか。


「実際、月君が前に戦った時に肩を大きく噛まれたのを目の前で見たって言っていたからね。だから、仕事に行くときに紅葉君を見つけたら知らせてほしいんだ」

「ちなみに、紅葉さんの主にはどんなことが……」

「それはまだわかってなくて……あ、ごめん」


 そこまで言うと電話が鳴った。相手は高嶺だ。


「もしもし……本当か!すぐに行くよ」


 反応から何か新しい情報がわかったのだろう。電話を切ると露は「じゃあ」と言ってから部屋を飛び出した。


 良く晴れた三時ごろのことだった。

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