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第三十五句

「美しいものは私のものにしたい」

(さて、仕事仕事!)


 しのぶは後ろからきらびやかな装飾が施された太刀を出す。綺麗なものが好きな彼がいかにも好きそうだ。刃先をうようよ出てきた人々のほうへ向ける。こちらには気づいてなさそうだ。自分の足の前にあったメンズスカートのレースを横に広げ、戻ってこないうちに姿勢を低くすると地を蹴って飛び出した。


 微かに笑いながら鞘を人々の首、肩、みぞおちなどに当てていく。スカートが揺れるたび、本当はないはずのしゃらんっという効果音が聞こえてくるほど身のこなしが細かい。まるで、どこか遠い国にいる踊り子のようだ。


「普通の影狼よりも難しいなぁ……でも、これくらいなら大丈夫!」


 時々体勢を崩されながらも、自分を励ましながら立て直す。太刀の刃が背中側に伸びるように持ち、杖のようにして人々の背中に乗った。苦しそうにしながら爪などで反撃を試みたようだが、とうとうバランスを崩して落ちた。空中にいるうちにその背中へ先端を押し込むと、見事に前へ倒れた。


 周りへ人々が群がっていくが、何もなかったように倒れていく。どうやら何かを探しているようだった。


(前に辰巳さんが言っていた“操っている影狼”はいなさそうだね、それにしても……)


 口をへの字にして考えるようなしぐさをしながら一度にとびかかってきたそれらの足を狙い、腕の力で体ごと横向きにさせる。


「君たちって名前がないんだよねー。あ、影狼に噛まれた時の名称みたいなやつ。こう、わかりやすくて誰でも納得できるような」


 人々はしのぶの話を一切聞き入れていないようで、襲い掛かってきた。ふと、指をパチンと鳴らす。


「 “影人(かげびと)”なんてどう?」


 自分よりも目線が上にある影人と呼ばれた者たちは、頭を優に超えられて首へ刃を当てられた。






 

自分の体が、森の中へ入っていく。まるで全身が糸でつながれたような感覚がしていた淵は上半身をゆらりゆらりとさせながら気配へと近づいていった。


(あ゛ー何してんだ俺!)


 そう思いながらも足は進む。ふと止まったところにあったのは、弱々しい幹を持つ枯れ木だった。急に淵は姿勢を正し、息をひそめる。静かに武器であるケインという鞭を出し、背中で構えると幹の根に近い方へ勢い良く振った。


「おい、出て来いよ。……お前は殺気を隠すのが下手だな」


 木の上に潜むものは下を向くと、自分と同じくらいの眼光の鋭さを持つ者がいた。そのなんと恐ろしいことか。思わず目をそらしてやり過ごそうとした。


 しばらくしてタンッと音が聞こえると、眼光の圧がなくなった。下を見たらいなかったのでもうあきらめたのだろう。安堵していると頬に厚いゴムのようなものが当たった。あまりの威力に木から落ちる。月光により姿を現したのはいつもの影狼だ。淵は両足の膝を伸びている枝にかけながら逆さにぶら下がると、影狼と目を合わせた。


生憎(あいにく)、俺は諦めが悪いんだよ」


 勢いをつけて降りると影狼も立ち上がる。だが淵はケインで影狼の体を持ち上げてもう一度、今度は前に振った。影狼はのその後ろにあった木にぶつかって鈍い音を立てると、息絶えた。


 実は、ケインは軽く殺傷能力はないので主に刑罰などで用いられる。だがそれをもって今の情景を見返すと淵の力や使い方は武器としての能力を持たせているというようにしか考えられない。どうやら彼はただの苦労人ではなさそうだ。


 大きくため息をつきながら森を抜ける。しのぶにばれたらどうなるか、見当ついていたからだ。だが、また背中が引っ張られていく。振り返るといくつもの殺意――。


「あぁ、さっきのは俺を誘うためか」


 頭を掻きながらケインを構える。その目は、影狼と見間違えても仕方のないような鋭く冷淡な目だった。





 その頃、しのぶの前にいる影人はだいぶ減ってきたようだった。ひと段落つき、しのぶも疲れた呼吸を整える。だが、一つ息を吐くごとに影人は増えている気がした。いよいよ幻覚でも見え始めただろうか。そんな呑気なことを考えていると気が付いたことがあった。


(この影人たち、ずっと左側の茂みらへんから出てくる気がする……気のせいかな?)


 確証はないが物は試し、影人たちの肩を階段のように飛び越えながら森の奥へと入っていった。少し底上げがされている靴に踏まれた影人たちは「ぐえっ」と苦しそうな声をして倒れる。頭の中がゆっくりとリズムを刻み、思わず口ずさんだ。


 階段は途切れ、ひらりと降りた目先には背の高くすらりとして、まるで絵本に出てくるような魔女の格好をした者がいた。顔はあまり見えない。


「あぁ、君だったのね」


 健やかに眠っている十二にも満たないほどの少女の首へ牙をむき出しにしている。後ろを見れば老若男女様々な人が山のように積み重なって眠っている。まさか全員影人にするつもりなのか。


「重労働だね。仲間を呼べばいいのにさ」


 気取った口調で言っていたが呆れられたらしく、再び少女に大口を開けた。すかさず上に伸びていた枝をつたって太刀の鞘を抜き、光る刃を首の皮膚で寸止めさせる。だが振り向いて見せた顔は笑っていた。


 次の瞬間、少女を()()()()()。「はっ⁉」っと声を出したのは他でもなく、目の前にはいかにも丈夫そうな木が立ちはだかっていたからだ。その木まで全速力で走って木と少女の間に滑り込む。クッションとなったしのぶは背中に多少の痛みを感じながらも少女をキャッチした。


「君ら、どこまで狂ってんだよ……」


 このまま人々を投げ続けるなんてされたらしのぶの体力はなくなっていく。何より、一人でも大けがをしたら元も子もない。そうなると方法はただ一つだ。


(この人たちを守りながら倒すしかないのか……)


 少女を抱えながら太刀を構えると、その者は今まで着ていた魔女のような装束をはぎとる。そこには人の影はなく例の影狼が鎮座していた。高いが力強い遠吠えをすると何匹もの仲間が集まってくる。しのぶは腰を抜かしそうになった。敵が多すぎる。これでは、得意のポジティブ思考でも乗り越えることは無理そうだ。だがこれ以外に方法はなさそうだったので実行に移した。


 木のそばの目立たない場所に少女を隠し、影狼への警戒を示すために姿勢を低くして上目遣いにそちらを見る。


 真正面から突撃し、左側へ横切ることにより太刀の届く距離が長くなる。だがそれは当然計算されつくされているので簡単に避けられる。だが、その勢いを使って体を半回転させると太刀を持っていない左手の平を大きく広げた。毛皮に包まれているが、骨ばっているように感じる影狼の腕へ指先が触れる。不思議そうな顔をした影狼にニッと笑いかける。そのまま素早く後ろへ回りこむと静かに和歌を唱えた。


『陸奥の しのぶもじずり 誰ゆゑに』


しのぶの句能力:特定の者の記憶を改ざん


 博士の作った薬や扉の機能とはまた違う。扉などは記憶を消すのに対し、彼は特定の者のある場面での記憶を好きに変えることができる。便利ではあるが、記憶を変えたいものに触れなければいけないというのが欠点だ。


 影狼はただ前を見続けた。先ほど触れられたことにより能力が発動し、しのぶが後ろに回ったことを変えられたようだ。口笛を吹いてわざと振り向かせたときは、もう遅い。


(うーん、いろいろ試してるけどやっぱり自分の存在自体をなかったことにする変え方が一番いいかな)


 人の山に隠れながらそんなことを考える。少し休憩できたらと思って隠れたものの、頂上を飛び箱の如く越えるという大胆な方法だったのであまり長い時間はいられないだろう。


 だが、大人数を守るために一人で相手をするというのは厳しい。今いるものたちを倒したとてまだ援軍がいるかもしれないし、一匹でも見落とすと目を盗んでこの山にいる人々が一人残らず自分の敵になってしまう。そうなるとなおさら面倒だ。隠れている今でさえもそうだったらと、顔を出して周りの影狼たちをよく観察した。


(今のところ大丈夫そう……かな?)


 安心したのもつかの間、不意に目が合いそうになり身を潜めた。ギリギリ見えるところまで隠れていると、影狼が大口を開けた。目線の先には丸々と肥えている男――


「っ……やめろ!」


 反射的に叫んで飛び出すと、木々が生い茂っているはずの右側からの気配を感じた。怒り狂いそうになっているのを押さえながら無理やりに顔をそちらへ向けると、影狼が飛び掛かってきているではないか。


「なっ……!」


 顔をこわばらせながらも太刀を振り、何とか怪我を防ぐ。


(僕を隠れさせないために小賢(こざか)しいやり方を……!)


 目線を正面に戻すと長い尻尾が逃げてゆくのが見えた。焦りながらも追いかける。もう少しの所でしのぶは我に返った。


(しまった、一匹の影狼に集中してしまった!)


 一瞬迷ったが、やはり人々の命に代えられるものはない。急いで戻ると残りの影狼たちは何人かの着物を口で引っ張っているところだった。もう時間がない。


 しのぶは一心不乱に走った。口にくわえられている裾や袖をものすごい勢いで引っ張って布をちぎると影狼とは真逆にある茂みへと投げた。投げたと言っても優しく、着地先は柔らかい茂みだ。とにかく人は無事だが、しのぶはまずいという顔をした。


(人を助けるのに精一杯で触れるのを忘れた……)


 自分の計画性のなさに呆れる。だが、自分たちの獲物を取られたことによりこちらへの警戒心が高まったことに違いない。こちらへ向けてくる牙に感謝すら感じる。


 あえて鞘を付けたままの太刀を向けるとスカートの裾を微動だにさせないほどの速さで突撃した。いつもだと集団で飛び掛かってくるところだがそうはいかない。


 ばらけて中央の影狼が大口を開けたときに両手で太刀を横にして噛ませると後ろからも気配がした。静かに横腹へ触れながら膝蹴りを入れると、軽くなった太刀をそのまま後ろに振って頭に直撃させた。流れるように腕へ触れると左右からも来る。左の影狼には手、右の影狼には太刀を使って前に自分の手を合わせるようにして互いを衝突させた。右側の影狼を空中にいる間に触れると腰から落ちていった。


 さっきまで正確な数はわかっていなかったが、ここには四匹――追いかけた影狼を含めたら五匹いることがわかった。


「さて、少し遊ばせてもらおうかな」


 鼻歌を歌いながら指を指揮棒のように動かして能力を使った。


 ――数秒後、しのぶが鼻歌をやめた時だ。続々と起き上がってくる影狼たちはしのぶを見てまた警戒し始めた。どうやら、今まで通り彼自身の存在を消すような変え方はしていないようだ。だが次の瞬間、後ろを向いた影狼たちから“驚嘆”の気持ちは隠せなかった。その目の前には、人々の積み重なった山が……。


 そう、しのぶは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。


(すごく頑張って集めてたみたいだけど……人を平気で傷つけてくる奴らに哀れみなんてないよ)

 

 まだ驚いている影狼たちに高みの見物でいる。ようやくこちらを向いたとき、目の前にいたしのぶに手も足も出なかった。さっきまであんなに冷静だったのとは大違いだ。何も理解でいないまま、鞘から太刀をゆっくり抜かれ、右から左へ素早く刃が首辺りに入る感触がした。


「僕は誰かの行動に共感しやすい性格だと思ってるんだけど、君たちのことはいつまでも理解できない気がするなぁ」


 静かになるのと共に、新たな気配も感じる。後ろだ。がむしゃらに呼吸をし、焦った目でこちらを見つめるものがいた。きっと、さっき逃げられた影狼だ。笑いかけると正面から、実に単純に飛び掛かってきた。しのぶは軽く振っただけだが意識を失い、その後はなんの言葉もかけなかった。


(さーってと!淵さん大丈夫かな?早く戻らないと!)


 駆け足ながらもどこかスキップしているようにも見える足取りで扉へと戻ると、思わず声を出した。


「いないっ⁉」


 背筋が凍る。今まで淵とは仕事をしたことがないからわからないが、いつもこうなのだろうか。近くで戦っているときは見なかったのでこの奥にいると直感した。少し不安になりながらも扉の後ろに続く一本道へと消えていった。





 淵は影狼の大群の相手をしている。数は全然減っていなかったが、様子は一目瞭然。影狼たちの息はとっくに上がっているのに淵は余裕そうにいつもの気だるげな顔をしていた。


「前に戦った時より強いな。でも、もっとこう……グワーッって、俺を脅かせられるようなことをしてくれよ」


 変な説明をして一人で恥ずかしがっている彼に理解が及ばない。あちらはさっきまでケインで叩かれるわそこら辺にあった(つた)で縛られて木の上に吊るされるわと、とにかく悲惨な目に合っていたのだ。だが、影狼はそれでもあきらめない。戦闘にいた影狼が吠えると皆、目を鋭くさせる。


「……またか。ほんとにしつこいな」


 そういいながらも淵はケインを人差し指で軽くしならせると煽るようにして微笑んだ。

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