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第三十四句

「貴方がいないと生きていけない」

 男性は深い森の中、家である茅葺の小屋に帰っている途中だった。目の前には鋭い目と牙を持った人々がこちらを向いている。男性はそれを最初からなかったように素通りした。自分たちを見て怖がらない者がよほど憎かったのだろうか、目でコミュニケーションをとって一斉に襲い掛かった。


 ――すると突然、目の前に波紋が現れた。そして近くの茂みまで飛ばされた。突然のことにしばらく体が動かない。やっとのことで起き上がると仲間たちも同じように飛ばされていく。後ろに木があって気絶していく者も数名いた。きっとただの偶然だろうと、再び近づいてみる。平然と立っている男性に恐ろしさを感じつつもそっと手を伸ばした時だ。




「――みぃつけた」


 耳元で低い声が響く。びっくりして後ろを向くと白い髪が暗闇に目立つ少年――此のがいた。逃げようとしたが、服を掴まれて身動きが取れない。その蔑むような目に見つめられながら意識を失った。


「こんな感じでよろしいでしょうか……?」

「大丈夫です!この調子で妖を寄せてください!」


 そう、此のは男性の不思議な力をうまく利用し人々を近くに寄せられるようにしたのだ。人が近くにいればすぐに襲ってくるだろう。此のの倒し方があまりに静かだったため気づかなかった他の人は続々と集まってきた。まるで甘い蜜の香りを嗅ぎつけてきた虫のようだ。その輝きを遮らぬように、此のは低姿勢でじっと待ち構えた。


 男性に引き寄せられた人々は殺意に気づかない。周回しながら、主に足を狙って鞘を打っていく。さすがに気付いたのか、気配はするがさっきよりも近くない。このまま待っても来ないだろうと判断したのでこっそりと近づいた。だがなぜだろう、近づいていくのと共に気配が大きくなる。さっきまで子葉だったはずの植物が一瞬で大樹に進化したように、その圧が此のを襲った。


(まさか……)


 背筋が凍るようになったとき、それを破るようにして男性の声が脳に響いた。


「大丈夫ですか!今、あなたは妖に囲まれています!」


 自分の息が鮮明に聞こえる。油断した、完全に囲まれた――。もう男性は用済みになってしまったか、考えられるのは一つしかない。怖いという感情を押さえながら細剣を大きく振るが、もう見切られている。男性の声も聞こえたが、何を言っているか聞こえなかった。


 ――何か、ないのだろうか?此のは記憶を探った。数々の場面が敷き詰められた海へ溺れていき、そのどれもが果てしない黒色をしていた。話し声、物の音などの様々な雑音から聞き取ったのは辰巳の低い声だった。





『――いでっ!うわぁ、切り傷あった……』


 此のは腕にあった切り傷を両手で押さえた。辰巳は片手に持っていたコーヒーを飲む。音の距離からして向かいの椅子に座っていることがわかった。


『また無理でもしたか?』

『うーん、いつも影狼とちょっとだけ遊んでから倒してるんだけど、逃げられたら困ると思ってすぐ倒そうとしたら瓦礫に(つまづ)いちゃってさぁ』


 フフッと小さく笑う辰巳に大人気ないとも感じる。


『俺だって無理だよ、いきなり戦い方を変えるなんて』

『辰巳さんだってできないことあるんだね』

『それはそうだ。例えば、花さんは柔らかい雰囲気で敵を油断させてから徐々に詰めていく。ちはやさんは常に敵の間合いから離れない。その個性があるから影狼が困惑するんだ』


 わざとらしい口調に、此のも思わず笑った。





 戦闘中だというのに思わずにやけてしまう。相変わらず、辰巳の話はどこかおかしい。


( “自分らしいやり方”か……)


 胸元にある上着の布をぎゅっと押さえて自分を奮い立たせる。二ッと笑いながら鞘を指先でなぞり、うなり声を上げ続ける人々に話しかけた。


「僕さぁ、自分がどうやって戦っているかわからないんだ。だから今日だけ特別に自由なやり方でやってみることにしたんだ」


 おどけながらもゆったりと喋る此のに男性は焦りを感じた。このまま彼がいなくなってしまったらどうしようと。だが、そこからが早かった。


「フフッ、じゃあいっくよー!」


 最初は一番近くにいた女性の肩を軽く打って気絶させる。すると、残りの人々がこちらへ目を向けた。警戒心が高まる。


 うなり声を上げながら次々と近づいてくるのをすぐに倒すわけでもなく、大きく上へ飛んだ。単にジャンプしただけなのでゆっくり下へ落ちていくが、上空で耳を澄ましていた彼が着地したのは集団よりも少し離れた森の入り口だった。


「君、頭がいいんだね。でも僕があの集団だけに目がいっているとでも思った?まぁ僕を欺こうとする奴なんて遊び相手にもならないけど」


 柄で首の後ろを突いて、集団の方を振り返った。あちらも此のを見ている。多分今ので警戒心は高まっただろう。不格好ながらもあり得ない速さでこちらへ向かってくる人々のほうへ体を向け、大量の気配が襲ってくるギリギリまで棒立ちしていた。


 そして、目の前の空気がピリッと音を立てたとき――自分の間合いへの境界線へ入られた合図が頭の中で響くと右に避けた。すかさず後ろにいた者が方向転換をしていくが、境界線にすら触れさせない。跳んだり、跳ねたり、めちゃくちゃだが此のは楽しそうな顔をしている。


 やがて、森の入り口につく。完全に囲まれてしまった。まさか木の上に援軍がいたなんて誰が思うだろう。お互い息を荒くさせていた。


「ははっ、もう体力ない感じ?いや、僕もだった」


 意味のない独り言を言い続けている彼への怒りは頂点に達した。


「あ、靴紐ほどけてた――」


 しゃがんだ瞬間、前にいた女性が鳴いた。この短時間で築いたチームワークで一斉に襲い掛かった。だがどうだろう、顔を見た者は驚愕した。彼の目は輝きに満ちて口は悪魔のように大きく開いていたからだ。


「男性を僕の後ろに呼んで」


 次の瞬間、戸惑った顔の男性が後ろに現れ、此のは人々の輪を下からすり抜けた。もう展開はわかっている。男性の前には波紋が現れ、一斉に遠くへ飛ばされていく。ある者は木に頭をぶつけ、別の者は上に飛ばされたため高所から落ちていた。


 あたりがシンとする。もう足音はしないし、近くに気配もない。すべて終わった。


「……終わったのですか?」

「……えぇ、多分。もう僕の目の前になにかいたりはしませんか?」

「はい、何もいません」


 大きく安堵の息をつくと、男性に再度問う。


「貴方は何者ですか?能力を持っている人間、もしや仙人⁉」

「いいえ、私はただここらに住んでいる者でございます。人々には山奥に住んでる、なんて誤解をされていつも苦労していますよ」


 わざとらしい口調だ。その言い方に、なぜか既視感を感じる。だが、今は夜が明けそうなので行かなければいけない。


 男性と別れるともう一度能力を使った。


「辰巳さんをここに呼んで」


 目の前に現れた熟睡中の辰巳を起こすため、ポケットに入っていた紙を筒状にして耳に当てる。


「起きてっ!」

「……っあ゛ー!」

(あ、時間差で来るタイプの人だった)


 寝起きで不機嫌そうな辰巳を落ち着かせながらも姿見へ行くと、さっきと同様に鍵がかかっていた。


「鍵のこと忘れてたな……」

「あーまた戦わないと……ん?」


 此のはズボンのポケットに不思議な感覚がする。探ってみるとリボンを模した洋風な鍵が入っていた。好奇心第一で鍵穴へ刺してみると、ぴったり収まる。続いて左に回すと扉があき、下から消えていった。恐る恐る入ってみると、そこにはいつもの絡まったコードたちがあった。帰ってきたのだ。





「久しぶり、今回は何日だった?」


 雪は目の前にいた、目の下の大きなクマが特徴的な男性に茶漬けを差し出す。


「……七日。最高記録の十九日には足元も及びませんね」


通称:(ふち)

主:陽成院(ようぜいいん)

管理番号:No.13


 淵は一切整えられていない髪を無作為に束ねると、茶漬けに息を吹きかけてから食べた。


 淵は滅多に外へ出ない。なぜなら彼は主のことについて夜通し調べ続けているからだ。でもその割に影狼との戦いへ積極的に出ていた。雪と話していたのは、徹夜の最高記録の話だ。


 雪はいったん席を外し、淵の部屋を覗く。大きな机は何台ものパソコンとエナジードリンクの缶が占領していた。生粋のカフェイン中毒である。


「後で片づけます」

「……もう食べ終わったの?」

「お代わりを頼もうと思ったらいなくなってたので……」


 リビングに戻ると花、しのぶ、海人、天つがいた。


「淵さん!大丈夫でしたか?」

「うん、ありがとうしのぶ君」

「まぁ最高記録の時はほぼ気絶状態でしたからね。あとでちゃんと寝てくださいよ!」

「花さんもありがとうございます」


 淵が部屋から出てくるときはちょっとした話題になる。大きな館と言えど狭い世界だ。他の時代の百人一魂にも一瞬で伝わる。話していると風呂上がりの此のと辰巳が来た。


「あぁ、淵さん。お疲れ様です」

「そちらこそ」


 天つの電話が鳴る。全員がそれを察し、声量を押さえた。携帯の下に左手を添えるところから彼の丁寧さがわかる。


「もしもし」

『天つ君、今大丈夫だった?』

「えぇ、何も問題ありません」

『ちょっと仕事の……』


「――はいはいはいはいはーいっ!」


 “仕事”の二文字で過剰反応してきた淵に全員が驚き、いつも通りだと安心感も覚える。


(はて、なんでスピーカーモードにしていないのに聞こえるのでしょうか?)


 天つは携帯から耳を放して壊れていることを疑った。


「淵さんが行きたいとおっしゃってるので、それでもよいでしょうか?」

『淵君いるの?ちょっと話してもいいかな』


 携帯を渡すとそれを受け取り、楽しく会話をしていた。


「はい、主はちょっと乱暴な天皇で……はい……。でも、個人的にはちょっとかっこいいなって思ったりしちゃったり……ははっ」


 話がひと段落ついたころ、まんざらでもなさそうな顔で携帯を返してきた。天つもそれにつられながら電話を耳に当てる。


「かわりました。そういえば、もう一人はどうしましょうか?」

『すっかり忘れてたよ。聞いてくれる?』


 正面にあった庭園から目を離し、そこにいた一人一人の表情をうかがうとしのぶが小さく手を上げていた。


「しのぶ君、やる?」

「お願いしますっ」


 無邪気に言うしのぶに笑いかけると、また庭園のほうへ顔を向ける。


「しのぶ君がやりたいそうです。不都合はありますか?」

『大丈夫。淵君に、無理しすぎないように伝えてね』


 「はーい」と明るめの返事をして電話を切ると、もう二人は準備に取り掛かっているようで目の前にはいなかった。花は少し不安そうな顔をした。


「大丈夫でしょうか?さすがに疲れているのでは……」

「いや、彼は大丈夫だよ。仕事をするために生きていると言っても過言ではないからね」


 雪はさらりと返答するが、その内容はそう言えるものではない。引き気味となっている周りの雰囲気など感じなかった。





「本当に大丈夫だったの?」

「何がですか?」

「いや、仕事一緒にやってもらってよかったのかなって」

「大丈夫です」


不器用にワイシャツのボタンを留めていた淵にキラキラした目を向ける。何とも言えない笑いで返してしまったことを少し後悔しながらも、上からスーツを羽織って気合を入れる。普通の人が見たらかなり乱雑な着方をしているがこれも淵である。


「あ、気を付けてくださいね。最近は影狼は姿見に鍵をかけて僕たちを閉じ込めているので」

「そうなんだ、気を付けないと……」


 注意しながら姿見に入るが何も変化はない。淵はまだ疑っているようで、姿見を囲う豪華な額を探っていたが何も変化はなかった。先へ進もうとした時だ。


 上から断頭台の如く黒い塊が落ちてくる。目を見開いている二人の中央でそれは吠えた。たちまち周囲の茂みが音を立てて、夜の静寂を消し去った。張り詰めた顔をして武器を出そうとしている淵の肩に手をのせたしのぶは、そのままスーツを強く引っ張って姿見の後ろへ隠れるよう誘導させた。


「ここは僕がやります」

「ちょっ……俺の意味がっ――!」


 そう言いかけた途端、周りに大きな気配を感じた。一度違和感を感じたら探ってしまう性格だ。しのぶには申し訳ないが、足音を立てぬよう姿見から離れて違和感のある方へ近づいた。心の中には恐怖、不安があるがそれ以上に好奇心や楽しさが上回って心臓が高鳴る。思わず口角が上がる。そしてそれらは――





彼の本能に近いようなものだった。


 



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