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第三十一句

「皆、僕のこと要らないんだって」

 数分前――


「辰巳さーん、早く行こうよ」


 何回言っても返事が返ってこない。辰巳はどこへ行ってしまったんだろうか。しびれを切らした此のは、黙って森へ歩いていった。


「……痛っ!」


 暗くてよく前が見えない。木の根元から飛び出ていた枝で足を擦ってしまった。それほど深くなかったのでよろよろと立って耳を澄ますと、すぐ後ろで木の揺れる音がした。


(風はない。ということは……)


 細剣を構え、その場でじっと待つ。ガサッと大きな音を聞くとその方向へ顔を向け、勢いよく剣を振った。上から重いものが刃に乗ったかと思うと、どさりと音を立てながら此のの前へ転がった。また耳を澄ますと、サラサラと流れる音が聞こえた。きっと、倒せたのだろう。懐から毒の付いた手拭いを出して刃を拭いた。一回倒すと毒が弱くなってしまうので、毎回こうしなければいけないのだ。


(なるべく動かないほうがいいかも。でもなぁ、待ってても辰巳さん来ないだろうし、()()があるからいいや)

 

 強い風が吹いたとき、揺れる枝葉の音を頼りに先へ進んだ。


 しばらく進むと、音が少なくなった。


(あれ、さっきの小屋があるってところに戻ってきちゃったかな?それならしばらくここで待ってよう――)


 その場にしゃがみ込もうとした瞬間、聞いたことがない音がした。かすれたようで、凶暴な声が遠くから、自分を囲むように聞こえてくる。


(これは多分……いや、間違いなくそうだ。僕は今、影狼のアジトにいる)


 細剣を構え、その場でゆっくり回りながら襲ってくるのを待った。自分から行くと確実に逃げられてしまう。


 ――だが、いくら待っても来ない。音もしない。静止画の中にぽつりと残された心地がした。


(このままこんな時間が続いたらどうしよう。なんで動かないんだ?いや、これも何かの作戦……あぁ、この間戦った時もこんな感じだったからなぁ。きっと隠れてたやつが見てて伝わっちゃったんだ)


 自分の声がエコーのように跳ね返ってくる。


(僕が、こんな()を持っていなければな……)





『おとめ先生』

『此のさん、どうされましたか?』


 天つは日の光が差し込む窓際の椅子に此のを座らせた。


『まだ誰にも言ってないんですけど、実は……目が見えないんです』

『完全に見えないんですか?』

『はい。僕の主も目が見えなくて、それを受け継いだのだと思っています』


 話を聞き終わると「うーん」と言いながらその場を歩く足音に、此のは緊張を覚えた。


『正直に言ってくれてありがとうございます。それで、もしかしたらそれで迷惑をかけているのかと思っているのですね』

『はい。特に、いつも一緒に戦ってくれる辰巳さんとか。迷惑はかけたくないんですけど、顔を見られて変だと言われてしまったらどうしようかと心配で……』


 足元に気配が大きくなる。きっと、近くでしゃがみ込んでいるのだろう。


『自分から変えてみるしかなさそうです』

『えっ……⁉』


 まさかの回答に驚いた。自分から、ということは今まであまりなかったので、プレッシャーがさらに此のを圧しつける。


『何か集団で物事を行う時、変えられないものは二つあります。 “過去の出来事”と“相手の行動”です』

『はぁ……』

『まず、当たり前ですが過去にあった出来事を変えることはできません。戦いのルールでもあるようにね。そして相手の行動は、これもどれほど足掻いても無理です。この世界にいる全員が従順な性格ではありませんから、どんなに説得力のある人が意見を述べても人の心は完全に変えられません』


 納得するのと共に、先ほどの言葉に疑問を持った。


『それで、自分から変えるっていうのは……』

『それは、唯一変えられる行動です。相手が物事を始めるのを待つより、自分から行動をしたほうがはるかに進む。自分から行動すれば、その心配な気持ちも消えるかもしれませんね――』





 影狼は、目の前にいる少年の呼吸が荒くなっていることに気づいた。細剣を持つ手は震え、こちらにも伝わってくる。徐々にそれは進行していき、影狼が瞬きしたつかの間だ。――目の前に、刃があった。ギリギリのところでよけるがまだ追ってくる。その動きのなんと速いことか。アジトを離れず同じところを回っていたのが裏目に出たのか、足元でパキッと音がした。足元に枝があったのだ。恐る恐る後ろを向くと、冷たい刃がぴたりと自分の背にくっついた。


「ハハッ、おとめ先生の言う通りだ!自分で動いた方がすぐに終わる!」


 いつもの調子が戻ってきた。見えないため行き当たりばったりだが、最初に聞いた音の情報もあってすぐに大量の灰が天に上るのが聞こえた。ひと段落ついたところでいきなり袖をつかまれる。掴む場所や力の強さからして倒しそびれた影狼だろう。素早く袖を一束にまとめて上へ持ち上げるとビリッと布が破れる音と共に影狼が宙に浮いた。気配が近くなってきたところで振り下ろすと、影狼は地に叩き落された。その勢いで下から強い風が此のを襲う。フードは頭を離れ、何枚もの紙が降り注いできた。


「はぁ……はぁ……もういないかな」


 あたりには気配もない。剣を斜め前に伸ばして杖代わりにすると来た道を探した。


(あ、さっき怪我した枝がある。ここであってそう)


 どうやら道を見つけられたようで、しばらくまっすぐ進んでいると木に当たった。


(ここで曲がるのか……)


 方向転換をしたその時、両手が掴まれた。人間の細い手だ。「すみません」と断ってから離そうとしたがなかなか離れない。こんな夜中にどうしたのだろうか?


「ウゥ……」


 うめき声がした。きっとこの手の持ち主だ。だがこの声には既視感がある。さっき、同じような音を聞いたような気がする。思い出したのはそう、影狼だった。


(まさか噂の……)


 さっきよりも強い力で手を強く振る。だがびくともしなかった。走って逃げようと考えたが、あまりにも力が強すぎて無理そうだ。


(完全に拘束された……)


 何も見えない自分を悔やみ、恥じた。せめて目が見えていたら。せめて、辰巳がいてくれたら。


 その時、このは急に我に返って和歌を唱えた。


『これや此の 行くも帰るも 別れては』


 此のの句能力:条件にあった人を呼ぶ


 周りの木が驚くほどの声量を出し、目に涙を浮かべながら言った。


「条件は、みんなに極道って噂されてて、口が悪くてすぐ怒ってきて!でも!心配してくれて頼りになるっ!辰巳さんっ!」


 息切れしていると、肩に大きな手が乗ってきた。


「すぐキレる奴で悪かったな」


 辰巳の声がした。そしてそこから先は、よく覚えていない。

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