第二句
『私が……私がやる……! 』
鏡を抜けた先に広がっていたのはとても静かな農村だった。見える景色の半分以上が田んぼで、稲が輝いて見えた。おそらく季節は秋なのだろう。
「こんにちは~」
「あ、あぁ。こんにちは……」
露は近くにいた農民に挨拶をした。すかさず夏来が腕を引っ張って後ろを向く。
「ちょっと露さん! 初対面の人には気安く話しかけるなとあれほど言ってるのに!」
「だってこういうの必要でしょ。アイツの情報もなんかもらえるかもしれないじゃん」
「うっ……」
何も言い返せなくなった夏来を横目に露はまた村を歩き始めた。
「キャーッ!」
どこからか悲鳴が聞こえてきた。露は夏来と目を合わせると悲鳴のしたほうへ走っていった。
「どうされたんですか?」
人が集まっているところを見ると腕から出血している女性と、女性を抱えながら冷や汗を浮かべる男性がいた。
「つ……妻が……何かに襲われて倒れていたんです」
「なるほど」
「もうじき子供が生まれるんです!このままじゃ妻もお腹の子も危険です! 助けてください! どうか!」
「一回落ち着いてください。奥さんを襲ったのはどこに行きましたか? 何か覚えてますか?」
夏来が男性に水を渡すとそれは一気になくなった。
「林のほうに行きました。黒い狼で……」
露は眉をひそめながら口を開いた。
「わかりました。夏来君、君はここで男性と奥さんの様子を見てほしい。新しいことがわかったら連絡お願い」
「露さんは……」
「アイツを見つける」
「僕も……いえ、わかりました」
「フフッ、頼むよ」
夏来はその言葉に使命感と――少しの呆れを感じた。
(さて、早く見つけて倒そうじゃないか)
百人一魂には使命がある。博士が見つけたあの邪悪な狼を倒すことだ。
その狼は一度見た者に化けることができ、人に害を及ぼす。なぜそうするかはいまだにわからない。
だがとにかくその狼が全国に広がってしまうと次々に人が襲われ、歴史上の出来事も変わってしまうかもしれない。そして自分たちが住むこの時代にも被害が出るかもしれない。
そうなる前に事態を止めようと開発されたのが彼らだ。彼らは自分の主に危険が迫っているかもしれないというリスクを背負う代わりに自らがあの狼を倒すようになっている。
博士が開発したタイムスリップができる鏡を使い、彼らの生まれた時代に行って。
彼らは自分に込められた思いによって作られた異能力と主を守るというプレッシャーを持って戦っているのだ。
(影狼……あいつらはいったい何者なんだろう?)
露はそんなことを思いながら林の中を走っていく。周りに注意しながら影狼を探した。
「ウゥ……」
(いた!)
かすかなうめき声を聞き流さず、その場で立ち止まって声のしたほうへゆっくり近づいていった。秋だったのが救いで、耳を澄ますと落ち葉を踏む音が聞こえてくる。
(……左だ!)
しばらくたったころに近くで落ち葉の音を感知したのか、露はどこからか鮮やかな金と黒の鍔が付いた刀を取り出して左に振った。一瞬だけ黒い影が見えたのだが、それがすぐ後ろに消えたと思うとすかさず飛び掛かってきた。
「甘いよ」
優しく微笑んだと思うと刀の刃先を影狼の方へ向けて少し突き出した。たちまち、黒い血が露の袴に飛び散った。
(おかしい……)
灰となって風に乗る影狼を見ながら違和感を感じた。
(さっき女性を噛んだのなら口の周りに少しでも血がついているはずだ。こいつは見る限りどこにもない)
考え込んでいると電話が鳴った。夏来からだ。
「もしもし、夏来君?」
『露さん!大変です、よく聞いてくださいね!』
夏来からの言葉に今までの違和感が解消され、露は再び林の中を走っていった。
追記
作者はプロローグというものが最初に書くやつという認識しかないので結構大事(?)な情報がプロローグに書かれています。暇だったら見てください。