第二百八十三句
「貴方を忘れるわけがない」
「かかってこい!」
そよと黒マントがいなくなった中で、今はそう叫ぶ。正直、どちらもそよにやらせるべき仕事ではない。だが、だがどうしてもこうするしかなかったのだ。
能力が発端で言い合いをしたばかりなのにもう頼らざるを得ない事になってしまった。きつい説教を覚悟の上に銃を構える。
どうやら影狼は止まらずにでてくるようだ。それならば、根源にある井戸を塞ぐしかない。なるべく井戸に近づきながら、装填しては撃つを繰り返す。一発の威力は大きいのですぐに倒せるが、なるべく弾の消費量と時間を減らしたい。そう考えると一匹につき一発が妥当だろう。
銃口は横並びになっているため、間を空けずにかたまっている影狼のちょうど境界線に銃口の間が来るようにして狙い撃ちをした。
射撃の練習はしているものの、集中力が続かない性格なのですぐに手が震えた。
(クソッ、焦点が合わねぇ……!)
険しい顔で狙っていくと確かに数は減ったが、また増えるので結局意味のない攻撃になってしまう。このままではキリがない。順序を変更し、まずは井戸を止めることにした。だが、手元には口を覆えるものなどない。そこで思いついたのはバーカーだった。
だが、先ほどまで黒マントがいた場所に置いてきてしまっている。もっと森の奥に行かないと取れないだろう。一か八かで影狼に背中を見せ、地面を蹴って進んでいった。何匹かついてきているが、かまわずに前を行く。急に暗くなり、目を細めながら道を思い出していると、止まったところにちょうどパーカーがあった。
手を伸ばして拾うと肩に乗せ、くるりと振り返る。腹の弾丸が刺してきたとも思うほどに力を入れたのだ。かなり早かったと思うが、影狼が井戸から出てくるのもそれくらいのようだ。すでに影狼でできた小道が出てきており、通るだけでも噛まれそうだった。右手で弾丸を無作為に出して握りしめ、慣れた手つきで装填をしながらその恐ろしい帰り道に弾丸を放っていった。
木々の間隔が狭いため、影狼はそれに沿って順序良く並んでいる。縦に並んでいるので弾の消費量を減らすことは難しかったが、倒すことは容易だ。灰の道つくり、元に戻ると勢いよくパーカーを広げて井戸に投げた。
もう頼れるものは風しかない。そよは歯を食いしばって黒マントを姿見の所にまで運ぼうとした。ここで弱音を吐いたら、今に迷惑をかけてしまう。彼は自分よりももっとひどいけがを負っているのだ。
(能力が発動しているってことは、まだ今さんは動けているんだ。ちゃんといるってわかる。僕は一人じゃない)
そう言い聞かせ、追い風を加速させながら引っ張っていった。耳が冷たくなって、もはや何も聞いていないとも思えるほどだった。月明かりがスポットライトのようになっていて、もうすぐだと言ってくれているようだった。
ここまで、一切抵抗をしてきていないのが逆に怖い。そうして何事もなく姿見についてしまった。あとはここをくぐればよいだけだ。膝に手をつき、何回も大きく呼吸をした。能力を解除すると一気に視界が明るくなる。
ふと、今のことを思い出して無線を取り出した。
「移動、できました。引き込んだら能力を解除してください」
返事は要らない。そうして、黒マント二人の間にある結び目を持つと力強く引っ張り始めた。だが次の瞬間だった。互いに両手を合わせ、その間にあったそよの手を拘束したのだ。しかも縄の長さに余裕はないため、両手首が突っかかって抜け出せない。
一方の黒マントが片手だけを離し、一度体勢を崩しながらポケットから落とした銃を拾った。手首の缶背うの角度を調節し、向かいにいた者にまとわりついた縄に弾をかすらせる。
体にかすることはない、一ミリでも狂ったら仲間を怪我させてしまうくらいにも思える。そうして何回もその動作を繰り返すと縄は切れてしまった。縄の代わりに力強い黒マントの手に押さえられてしまった。そうしてもう一方もあっという間に縄がほどけたと思うと、銃を構えながらだんだん近寄ってきた。
後ろには姿見があり、これ以上下がることはできない。そよは不安で息が荒げていった。




