第二百八十一句
「いつになったら結婚できるのかしら?」
その先は思うがままにやった。黒マントが銃を構える暇さえ与えずに起き上がられては突進を繰り返していった。腹の痛みなど、もう忘れたも同然の感覚だ。今は、完全に暴君のような振る舞いをし始めた。確かに接近戦では銃を出すと不利になる。だが、そんな計画は一切考えておらず、本当に気分なのだ。
片方を殴っている間に挟み撃ちをしようと後ろから来ているもう一人の顎をかかとで蹴り、それに目を奪われた目の前の黒マントの襟をつかんで横に投げる。受け身をとっても、顔を踏みつけて強く地面に押さえつける。まさに鬼の所業だ。
もう武器の有無など関係ない。だが、手応えは今までより桁違いなほどあった。あの黒マントが防戦をしようとしているのだ。それもかなり焦った様子で。銃身で拳や足を止めて、攻撃は避けるばかり。このまま押し切れば、黒マント捕らえることができる。
黒マントが動かなくなっていくと、それに比例しているかのように楽しそうな表情が増していく。
(見ろ、そよ。これが選択を間違った奴の末路だ)
「ハハハッ……アハッ!これで終いだぁ!」
大声を張り上げながら、首根っこを掴んだ黒マントの顔に、拳を入れる――。
一方、そよは息が切れるほどに笹原を走っていた。どこに行っても、どこを見ようとやはり何の気配もない。最初は訳が分からずにいたが、徐々にその理由が分かってきた気がした。
(あぁそうか。わかった。今さんは自分に能力を使ったのか)
彼の能力は簡単に言うならば、人を会わせないこと。そよに会わないようにしたのだ。きっと嫌われてしまったのだろう。だが、その解釈は納得できないものだった。あたりはきついが、そんなことで人を嫌う人ではないと思ったからだ。
第一、よそが走り出す前に見た顔は罪悪感にまみれていた。「悪いことをしてしまった」とでも言いたげな顔だった。となれば、考えられるのはただ一つ。そよに会わせたくなかったのは、今ではなく黒マントではなかったのだろうか。
そよだけが隔離されたということは、黒マントにも能力を使っているということ。そう思えばすべてがまとまる。彼はそよに行ってしまったことを謝るために、自らを使ったのだ。黒マントを捕らえれば、誤解を解いてくれるかもしれないという淡い期待を抱いて――。
(だめだ、そんなのだめだ)
ふと思いつく。その人自身とは対面できないが、その人がやったことなら反映されるのではないかと。
かといって、場所を特定できるわけではない。悩んだ末に取った行動は、能力を使うことだった。森に向かって体を向け、何かを願うように手を合わせて待っている。すると、それに応えてくれたかのように風が後ろから吹いてきた。遠くの山を滑って笹を揺らしている。
すかさず森の方を指さし、鋭い視線を向けるとまるで将軍から命令を出された兵のように速くすれ違っていく。この能力は、No.22の山風の能力と似ている。だが、決定的な違いは、そよは自ら風を生成できないところ、そして風速しか操れないということだ。風だけの時間が早まった、とでも言い表しておこうか。
この風ができるだけ長く吹くことを願い、今がいるであろう森の方に風を送った。
(気づいてください。僕は、ここにいます)
まもなく風が止んだと思うと、これまでの疲れが一気に出たのかその場に座り込んだ。
とてつもない強風が吹き終わり、目を開けたころには目の前の黒マントがいなくなっていたではないか。動揺して周りを見渡しているときにふと気配を感じると、強いめまいがして気づいたときには地面に倒れこんでいた。黒マントに殴られてしまったのだ。
手袋越しでもわかるほど、手がボロボロだ。起き上がる気力もなくなり、諦めかけていると二人の黒マントがその周りを囲って覗き込んできていた。
(あの風……ハハッ、敵わねぇな)
ポケットの中から無線を取り出し、ゆっくり口元に押し当てるとボタンを押した。
「悪ぃ……助けてくれねぇか?」




