第二百七十八句
「さようなら、私の友達」
倒れる瞬間に、今はカッと目を見開いた。少し目を閉じて朦朧とする意識に何とか慣れ、しばらく地面に伏せてから目を開けた。周りには誰もいなくなっている。倒れる瞬間に能力を発動させたのだ。
この能力は時間稼ぎにも使える。だが、今の体力が続く限りだろう。余裕のあるうちに体力を回復させてまた黒マントたちの前に現れようと思ったのだ。
(あっちも騒いでるんだろうな)
あちらが能力を把握しているかはわからない。だが、理解していたとしても鉢合わせになる可能性は少ない。近くにあった木へ縋るように近づき、もたれかかかって息をついた。まずは、この弾丸が埋め込まれてしまった腹に応急処置をしなければ。
厚手のワイシャツを口と手で大雑把にちぎり、一方がつながるようにちぎって細長くすると腹に巻いてさらに服で押さえた。あっという間に血が広がっていく。敵がいない環境を存分に使い、何回も呼吸をした。逆に苦しくなるほどに、何回もだ。弾丸の痛みに慣れてきたところで空を見上げ、こうつぶやいた。
「……痛ってぇ」
顔を下に向け、一度手で顔を覆うと目の下が赤くなっているのが分かった。そして、目つきが一段と悪くなっている。何かを決心したときの顔だ。立ち上がって木に登り、弾を素早く装填した銃を出すと先ほどまで影狼がいたところを狙った。大きく息を吸って能力を解除し、思いっきり引き金を引いた。
――だが、そこにその姿はなかった。いったいどこに行ったのだろうか。あたりを見渡すが、気配すらないようだ。逃げられてしまったようだ。能力を発動していた時間ずっと逃げていたと仮定するなら、とても遠くに逃げられたのだろう。
また探さなければいけない。そう思っている時、ポケットの無線が振動して跳びあがるほど驚いた。砂嵐のような音が鳴っている。
『――今さん、そよです。どこにいますか?』
聞き覚えのある声だ。少しして、あの仕事を誘ってきた少年だと言うことを思い出す。すぐに返信しようとボタンを押そうと思ったが、ふと直前で立ち止まる。どう返していいのかが分からなくなってしまったからだ。
今は少し人付き合いが苦手だ。あのような態度をとるのは、人をひきつけないための自己流の処世術だと思っている。それでも、本当に傷ついてしまう者がいたら――。
(もう誰も傷つけたくねえのに)
一層無線を握る手が震えた。だが、意を決してボタンを強く押してみた。
「あー……俺だ。すぐ返事できなくて悪かったな」
自分的には良い返事ができたと思っている。小恥ずかしそうにしながら無線をしまい、黒マントの行方を調べることにした。
(さて、そろそろかな)
そよはそう思い、立ち上がって無線を口元に近づける。今に黒マントを運ぶのを手伝ってもらおうと考えたのだ。
「今さん、黒マントを捕らえました。運ぶのを手伝ってもらえませんか?」
『――了解』
低い声が微かに聞こえ、少しうれしくなりながら待っていた。だが、その直後に「あっ」と声を上げる。大まかな場所を伝えるのを忘れてしまったからだ。再び無線を出し、急いで場所を伝える。
「えっと、あの、場所をお伝えしますね。まず森に入って……」
その後ろで黒マントが怪しい動きをしているとも知らずに、そよは無線を続けた。




