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第二百七十六句

「なぜ行ってしまったんだ……」

 今は足元にあった枝を拾い、小さく分かれているところを折ると端の方を両手で持って構えた。刀の握り方だ。だが、普通とは逆の左手が前にある状態で持った。どうやら今は左利きのようだ。


(こんなところ見られたら、また怒られちまうな)


 基本的に刀を握る手は利き手がどうであろうと右手が鍔に近いように持たなければならない。違和感があるという理由でずっとごまかしながら練習してきたが、うまくいくかは一か八かだ。緊張がみるみる体全体に伝わり、手を滑る風が冷たい。


 両手を大きく広げ、体を大きく見せてきた影人は体勢を変えずに襲って来た。すかさず狙ったのは脇の下だ。大きく背中に引いてから腕を左側に持っていき、強く振って当てた。さながら本物の刀のようだ。体勢が崩されたとともに大きな爪が被さってきたが、何とか体を回転させて手を押さえた。


 力では勝てるはずがない。ここは一度身を引いて距離を取ると、右手に銃を持って脇に枝を挟みながら装填した。両方を持ち直してから適当なところへ撃つ。弾丸は影人をかすることなく木へ通ったが、葉を貫く音とは別に何かがうごめく音がした。口角を上げて、停止している影人の間合いに入り込んで首元を強く打った。


 詰まるような声を出しながら倒れた男性を軽く踏みつけて動かぬように押さえると、ポイズンリムーバーを出して首の傷に当てた。丁寧に作業をしているものの、目線は前を向いていた。


(やっぱりそうだ、いる。絶対にいるな)


 先ほど銃を使った時に見つけてしまったのだ。葉の中にうごめく何かを。大きさ的には操作していた影狼だろう。毒の吸収が終わってぐったりと寝ている男性を木のそばまで引っ張って寝かせた。勢いで引っ張ったものなので腰を痛めかけたが、まだその目線は影狼に向いていた。


 木の場所を移動し、まるでばれていないかのように振る舞っている。こちらを見る目はどこか、蔑まれているようで頭にきた。


 それに反抗するように今は目線を逸らし、あたかも気づいていないように振る舞った。手遊びをするように人差し指と中指が空いた手袋の上に銃を出現させ、呑気に鼻歌を歌いながら弾を込めていく。手首がを体の方向に振って折れていた銃身をまっすぐに直し、装填は完了した。


 少し間を開けてから引き金に手を当てると、瞬発的に影狼の方へ目線と銃口を向けて撃った。一瞬の出来事に、影狼はさぞかし動揺しただろう。だが運よく後ろには枝がなく、足を踏み外して木から落下し手いた。


 弾がかすりもせず、舌打ちをしてまた装填すると木の後ろに隠れた影狼へ近づいていった。影狼はというと、仰向けの状態から立て直して今が近づく分後ろに引いている。よくタイミングを狙って、先ほどまで影狼がいた木とすれ違った時だ。目をかっぴらいて引き金を力のままに引いた。


 角度からして絶対に当たる。だが、影狼はいきなり体を溶かして変形前の液体になった。ここからどう変化されるかはわからない。この状態のときは何も攻撃は効かないため、次に備えて装填を済ませておく。形成されていったのは――自分とまったく同じ姿だ。


 元から目つきが悪いのに、こちらを睨んでくる姿は本人よりも凶悪そうだ。


「俺怖ぇ~……」


 冗談交じりにつぶやいてから、手始めにまっすぐ狙って撃つ。髪にかするだけで大きな効果はなく、むしろ逃げるタイミングにちょうど良くなってしまった。先ほど使った枝が拾われ、同じように構えられる。


 しかも、左手が前になっているところも再現されている。呆れたように息を吐いて枝の先端に弾を当てた。あっという間に粉々になったのを見つめ、影狼は茫然としていた。


「ハハッ、そんなことで止まるのかよ!――」


 だがそれはとんでもない大間違いだった。何個もの棘を持った枝は、まっすぐと今の顔に向かって飛んでいったのだ。

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