第二百七十一句
「貴女にもう一度会いたい」
探しに行く、と言ってもすぐに見つかるわけではない。最初の何分かはやはりただ森をうろついているだけになってしまう。そよは雑草の先端が刺してきた足をかきむしりながら進んだ。
(後で薬を塗らないとな……)
種類によっては傷がついたり、知らぬ間に虫がついているときもある。分かっていながらもむず痒い顔をして茂みを抜けた。もうあの痒さもなく、風が癒してくれる。だがその代わりに寒くなってきたので、時々手で膝などを触ったりしながらだった。
いつもならもうすぐ気配を感じてくるはずだ。もしかして、直感が見事に外れてしまっただろうか。首をかしげながらその場に座り込むと、どこか遠くから遠吠えのようなものが聞こえた。すかさず武器である小刀を出して構えるが、遠吠えが聞こえたのはもっと奥の方だ。一度懐にしまってから鉤縄を振り回し、近くの木へかけてもう二つほど先の木へ飛び移った。
あまりきつくは結ばれていないので着地すると同時に緩んで回収ができる。それを何回か繰り返し、鮮明に聞こえるようになった時にその姿を捉えた。影狼が顔を天高くに向けながら遠吠えをしてるではないか。綺麗とも思ったが、自分たちを攻撃してくるのだと思うと恐ろしい。
距離を詰めた方だと思ったが、自分の遠吠えが大きく感じるのか気づいていないようだ。まだ吠え続けているので移動の音が消されるだろう。それを利用して倒してしまおうと木を移動して背中側から攻撃を始められるところまで移った。
木から降りたのは影狼から十数メートル離れているところだ。周りには落ち葉や飛び出た木の根があり、転ぶ可能性もなくはない。影狼までの道筋を見つけると下を向くことなく走り出した。根を飛び越え、葉を避け、あともう少しとなったところで止まって鉤縄を前に振った。
右に小さく弧を描きながら影狼の腹と手足に巻き付く。それが分かるとすぐにこちら側へ引っ張った。いきなりのことに理解が追い付かなかった影狼は抵抗できないまま間合いに入られた。そのまま右手に握った短刀を振り下ろし、首元へ命中させた。
あっという間に輪になった鉤縄だけが残る。回収して次の影狼を探しに行こうとした。だが、少し止まって考え事をする。
(あの遠吠えは何のためのものだ?仲間に居場所を知らせるため、何かの報告、あるいは……)
その時、一斉に周りにあった茂みが動き出した。比較的風は感じにくいはずなのだが、それは止まることがなかった。
(集合の合図を出すため、か……)
無数の赤い目はそよを睨んだ。
近くに感じていたはずの山は、どこまで歩いても近くに来ない。まるで無限に続く道を歩まされているようだ。
『今さんって、なんか近づきにくいよね』
『最初はそんなことなかったんだけど……どうしてなんだろう』
人の横を通ればそんな言葉が耳に入ってくる。今はうんざりしながらも山の奥から出ている月を見ていた。腰まで伸びている笹原は足場を悪くしており、いつ影狼が来ても気づける自信はない。なるべく下手に動かないよう、その場でとどまっていたのだ。だが、いつまで経っても何の気配も感じられない。
先ほどは遠くから遠吠えもしたので、それで影狼たちが集中してしまっただろうか。
(……まぁ、いいか)
どこか諦めたように、また月を見始めた。だが、目線を下げたときになにか風景が変わっているような気がして目を凝らした。人影がある。まだ遠いので性別もわからないほどだが、こちらに近づいてきているようでそれが髪の長い女性ということがわかった。
こんな時間に出歩くとは相当怪しい。笹原を踏み分けながら近づいていった。予想通り、そこには桃色の着物を着た女性が立っていた。
「すいません、えーっと、なんでここに?」
女性は答える。
「道が分からなくなってしまったのです。教えてくれませんか?」




